安っぽい存在なおれと高級酒。
あー、2010/01/13「神田神保町に「路地と人」オープン、飲酒歓談「半酒場」でおれがゲスト。だいじょうぶか。」に告知の、31日の「飲食歓談「半酒場」」は、15名が定員なので、予約が必要。あと残りは2名分だそうです。
えー、高級酒をいただいちゃいました。ありがとうございます。とりあえず画像。
ひさしぶりに、24時半すぎの、ヨツパライ深夜便といきたいところだけど、ねむい。寝ておきてから続きを書こう。→寝ておきての続き。
この酒は、以前にもいただいたことがある、白河良酒会企画の「秘田」の冷やおろし。「高級酒」と書いたが、精米歩合は60パーセントで、醸造アルコール添加のもの。値段も普通酒から本醸造といったところだ。とくに表示はないが、「純米」を謳う「高級酒」ではない。だけど、これは、どう造るのか、香りは高く、チョイと辛口が強いがバランスは悪くなく、熟成の味わいがくっきりしている。高いだけで腰抜けな「純米吟醸」よりよい。
なんですね、このように、「普通」だの「本醸造」だの「吟醸」だの「純米」だのといった表示はやめて、材料や製造関係の表示だけにして、あとは買って呑んで判断するという潔い関係がよいですね。それに、高い価格帯ではなく、普通のクラスで品質を追求する姿勢には、好感がもてますね。その志、「高級」。
酒や食べ物について書いていると、いちばん困るのが、文学や美術や味覚に造詣が深く、「よいもの、うまいものを知っている人」と見られることだ。たとえば、おれに何かを贈ろうと思ったとしよう。なかなか味にうるさそうで、めったなものは贈れない。選びぬいた、あるいは手をかけた、「ほんもの」でなくてはならない。なにしろあのひとは「ほんもの」の上質を好むひとだ。なーんて、思われるのがいちばん困るし、そんなふうに堅苦しく思われるのは、おれの望むところではない。だから、おれはそんなふうには思われないよう、努力している。
とはいえ、根が安っぽい人間なもので、地なのである。努力ナシで安っぽくみられるから楽である。だから、あまり気をつかってもらわなくてよいのです。あいつにはコレでたくさんだ、なんでもよろこんで呑んだり食べたりするんだからと。それなら気安いだろうから、思いついたときにドンドン贈ってくれたら、うれしい。「ほんもの」でなければ「こころ」が伝わらない、なんてのはウソでしょう。もらったものは、何でもうれしい、酒なら合成酒だってうれしい、いづみやの「黒糖焼酎」だってうれしい(あれは安いがゼイタクなものだが)。そう思いながら、タダでもらえるものなら何でもよいと思っている。そんな安っぽい男なんです。すると、悪魔がささやきました「タダほどコワイものはないぞ」。
| 固定リンク | 0
この記事へのコメントは終了しました。
コメント