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2010/02/27

誇り高き生き方の歴史。『カツオでにぎわったころ 聞き書き御前崎の歴史』NPO法人[手火山]編。

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きょねんの9月12日、御前崎のNPO法人[手火山]の招きで「カレーライスとねこまんま」について語った。その[手火山]から、この本が送られてきた。地に足をつけて生きてきた人たちからの聞き書きは、どれも他を圧倒する充実した内容を持っているが、この書は、さらにまた一味も二味もちがう。

それは、たぶん、NPO手火山の理事長である川口博康さんが、まえがきにあたる文章で書いていることが、大いに関係しているとおもう。つまり、「お年寄りに「誇り」をよみがえらせる方法はないだろうかと調べていくうちに見つけたのがこの「聞き書き」」という方法であると。これは、単なる「カツオでにぎわったころ」の、おもいで懐古話ではない。

川口さんも、普通は「お年寄り」といわれる70歳だが、ずーっと漁業で生きてきた、誇り高き「海の男」である。お会いしたときも、かつての海の仲間が「時代の変化の中で「誇り」をなくして」いくことが、とても苦痛である、なんとかしたい、と話していた。

監修・発行に、埼玉大学共生社会教育センター・藤林泰研究室、名古屋市立大学人文社会学部・赤嶺淳研究室、北海道大学院文学研究科・宮内泰介研究室が名を連ねている。この関係者とNPO手火山が主催した「聞き書き講座」の参加者が、聞き書きや構成の作業などをやったと思われるが、とてもうまくまとまっている。レイアウトも読みやすく、優れた作品に仕上がっているとおもう。

A5版百十数ページ。第一部 かつお節をつくる。第二部 海に生きる。第三部 かつお節生産をささえる。御前崎を働き生きた13人の老男女の、静かだが熱い語り。

82歳、手火山式でかつお節をつくりつづけているひとがこういう。「だれかに継いでほしいという気持も、今はそんなにありません。なんせ大変な仕事なのでね。熱くて汚い作業はやりたがらないですよ。わたしの時代で終わってしまうのでは、と思っています」「わたしが今までやってきたかつお節づくりは、本当に大変な仕事です。熱いし、汚いし、手間はすごくかかりますし。それでもやってきたのはお客さん、お得意さんがいるからです」「「味がちがう、おいしい」とか「これ以外は駄目」とか。一言なんですが、いわれるとやめることができません」

昭和40年代には50軒あった、御前崎で江戸期から続いた手火山式かつお節づくりは、いまでは3軒残すのみ。おどろいたのは64歳のこのひとの話。「工場を閉じたのは、もう今から三十年くらい前です。近所にも二、三軒工場はあったけど、うちよりもはやく閉じてしまいました」「でも、かつお節も水の問題がなかったら、やっているお宅があったかもしれないですね。すごいにおいですよね、排水がね。うちなんかもずいぶん悩んでいたみたいです。昔はよかった、迷惑にはならなかった。その当時はどこのうちでも川に排水を流していたんだと思います」「でも今はそんなことできないと思います。だんだんと環境問題、公害問題などが話題になりはじめて、汚いものを川に流せなくなった」「でも、水を処理する施設をお金をかけてつくってやるわけにもいかないっていうことでした」。

美しい水、きれいな空気を望んで、良質のおいしいかつお節と、その技術を失ってきた。何かを得れば、何かを失う。何かを望むときは、同時に失うものをよく考えなくてはならない。ただキレイであればよいというだけでなく、汚いものを排除すればよいというだけでなく。

NPO手火山のサイト
http://www.npo-tebiyama.org/


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