« 契約書もいろいろある。 | トップページ | きょうから中野の「やどカフェ」が、フランスパンサンドイッチの提供を開始。 »

2010/02/21

京阪神の味覚の本質に迫る、『ミーツ・リージョナル』別冊「京阪神の洋食」に、大いにコーフン。

005ミーツが言い切った、「京阪神 愛すべきスタンダード」。これぞ、京阪神の味覚のアイデンティティだと思う。「たこやき」「お好み焼」は皮相のことである。いや、その「たこやき」「お好み焼」の味覚の本質に迫れば、この「愛すべきスタンダード」にたどりつくはずだ。それは一言でいってしまえば、「ハイカラ」という言葉で包括される味覚文化だろう。

では、東京の味覚のスタンダードはなにか。自らをアイデンティファイできず迷走する味覚の都で失われつつあるが、かすかに感じることはできる。うまくいえる一言を思いつかないのだが、かつて『B級グルメの基礎知識』で、勝見洋一さんが「天麩羅の旨さは下手味にあり」「旨味だけでは語れない東京の傷の味」などと言い放った。そのあたりに、本質があると思う。そして、それとの比較でみても、この大阪のスタンダードは、特徴的なのだ。

とはいえ、「京阪神の洋食」は、洋食がテーマであるので、そこまではふれてない。なにはともあれ、なにわの味覚が、「たこ焼」「お好み焼」あるいは「コナモン」で代表されるのでは、まったく皮相的である。たとえば、「たこ焼」「お好み焼」も、ソースで完成する。ソースとのからみで、味覚が完成する。洋食も、おなじ。そこんとこを、追求すると、「ハイカラ」という言葉で包括される味覚文化にいたる。と、おれは考えたのだが、ここでは詳しく書きつくせない。とにかく、その味覚を特徴づけるのが、洋食であり、ソースなのだ。

1960年代なかごろ、田舎から上京して3年すぎたおれは、就職した会社の仕事で大阪へ行かされた。「たこ焼」も「お好み焼」も「よしもと」も知らない、なんの先入観もなしに大阪へ行って暮らしたおれが、まず感じたことは、大阪って「ハイカラ」だなあ、ということだった。その第一印象を、ずっと引きずっていた。先日、ミーツの月刊誌に「大阪のぞき」を連載の木村衣有子さんと、「大阪のぞき」の書籍化のための、あとがきと解説のような対談を2人でやったときに、そのことを話した。話したことで、ますます気になっていた。そこへ届いた、「京阪神 愛すべきスタンダード」を謳う、ミーツ別冊。大いにコーフンしている。

京阪神の味覚を「つかむ」には欠かせない一冊といえる。そして、この一冊を読むことで、スタンダードもアイデンティティも、ほとんど失いかけ、ミーハー味覚におぼれている東京の「傷の味」を思いやることにもなるのである。

008

006

009

| |

« 契約書もいろいろある。 | トップページ | きょうから中野の「やどカフェ」が、フランスパンサンドイッチの提供を開始。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 京阪神の味覚の本質に迫る、『ミーツ・リージョナル』別冊「京阪神の洋食」に、大いにコーフン。:

« 契約書もいろいろある。 | トップページ | きょうから中野の「やどカフェ」が、フランスパンサンドイッチの提供を開始。 »