古墳部活動「縄文海進」時代の東京湾沿岸貝塚めぐり1回目、富士見市みずほ台「水子貝塚」。
このあいだ、スソアキコさんとおしゃべりしているときに、前に「四月と十月」古墳部で行った千葉の加曽利貝塚は、縄文時代の海水面が高かった(縄文海進)ころの東京湾沿岸であり、東京湾は群馬の館林や藤岡あたりまで入り込んでいて、沿岸には貝塚がたくさんある、そこをコツコツまわろうという話になった。さっそく、スソ古墳部長が調べて、きょうの見学会となった。
埼玉県富士見市東武東上線みずほ台駅13時集合。全部で4人のはずが、1名は二日酔いで脱落。もっと酒を鍛えなくてはいかんなあ。スソさんと瀬尾幸子さんとおれ。めざすは「水子貝塚」。じつは、どうせたいしたことないだろうと舐めていたのだが、なかなかどうして、またさらに縄文の深さや多様性を考えることになった。
ここの貝塚は、これまで見た貝塚とちがった。しかも貝塚の中から人骨まで発掘された。貝塚といえば、ゴミ捨て場のようなものじゃないの。どういうこと?
続きは、あとで。
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