日本の「三大ドヤ街」といわれる、大阪の釜ヶ崎、東京の山谷、横浜の寿町。いずれも、なかなか実態がわかりにくいし、知られてない。そして、とくにマスコミによって流される偏った報道によって、誤ったイメージが固定化される。なかでも、釜ヶ崎というと、「暴動」のイメージが強いのではないか。悪罵や侮蔑を投げつける前に、あるいは「反貧困」の旗をふりまわす前に、もっと知るべきことがあるはずだ。
どのみち、釜ヶ崎などには近寄らないし、関係ないから、どーでもよいのである。という考え方もあるかも知れない。だけど、釜ヶ崎が「全国化」しているとしたら、好と好まざるとに関わらず、釜ヶ崎のほうで近寄ってくるのだ。
つまり「釜ヶ崎の日雇い労働者はどのように働いているのか」には、こう書かれている。
「日本がひたすら経済成長を邁進する時代が終わり、厳しい不況の時代が到来したのに伴って、高学歴ワーキングプアやネットカフェ難民の増加、任期付き雇用や派遣労働の拡大という、まるで釜ヶ崎が全国化しているのではないかと思われる現在おいて、(略)日雇い労働者ではない人びとにとって他人事ではないはずだ」
雇用環境の変化による日本全国釜ヶ崎化は、ここでおれが指摘するまでもないだろう。日雇い労働に代表される、雇用の不安定化は、いまやどこにでもある日常的な問題になった。さらに、釜ヶ崎化は、雇用問題だけではないのだ。
本書の出版社、洛北出版のサイトの案内から。
http://www.rakuhoku-pub.jp/book/27149.html
日雇い労働者のまち、
単身者のまち、
高齢化するまち、
福祉のまち、
観光のまち ……
さまざまに変わりつづけ、
いくつもの姿をもつ、このまち。
このまちでは、ひとは、
いかに稼いできたのか?
いかに暮らしてきたのか?
いかに集い、いかに作り、そして、
いかにひとを灯しているのか?
このまちの経験から、いまを
生き抜くための方法を学ぶ。
このまちで起きていること、
起きたことは、あなたの住むまちの
近未来かもしれない。
以上だが、近未来どころではない。「単身者のまち、高齢化するまち、福祉のまち、観光のまち」は、いずれも、全国のたいがいのまちが抱える現象であり課題ではないか。だから、「このまちの経験から、いまを生き抜くための方法を学ぶ」ことが少なくない。このまちは、いま全国の「まちづくり」が直面している課題のさまざまを、とっくに生き抜いて来ている。このまちには、アートNPOもあって、いま全国でハヤリのアートで「まちづくり」も、とっくに行われている。しかも、単なるイベントではなく、日常のアートとして。
本書は、本書の編著者の一人である、原口剛さんに、いただいた。原口さんは、『大衆食堂パラダイス!』のp262に登場するが、都市社会地理学が専門の研究者であり、釜ヶ崎と深く関わっている。おれも、原口さんに釜ヶ崎を案内してもらい、そこの立ち呑みで呑んだりした。その原口さんが精魂込めた本書だ。
原口さんは、序章「釜ヶ崎という地名」を書いている。切々と書いている。
釜ヶ崎には、地名の謎がある。その謎を知ることが、この場所を知るために欠かせない。「(1)地図に釜ヶ崎(かまがさき)という表記はない。だからそれは正式な地名ではない。(2)けれどもそこで生活する日雇い労働者は、この地域を釜ヶ崎と呼ぶ。(3)テレビや新聞では、この地域を「あいりん」と呼ぶ。」
釜ヶ崎という地名は、1890年ごろの地図には載っていた。そのころは、まだドヤ街ではない。だがドヤ街になったあと、1922年の町名改正で、「正式な地名としては姿を消した」。90年近くも前に、その地名は消滅している。「けれども、木賃宿街に注がれる好奇と恐怖のまなざしは、変わることなく注がれつづけた。そうして正式な地名として姿を消した後も、「釜ヶ崎」という地名は木賃宿街を名指す通称として、呼びならわされ続けることになった。「地図にない町」としての釜ヶ崎の歴史は、こうしてはじまったのである。」
テレビや新聞がこの場所を「あいりん」と呼ぶようになったナゾは、本書を読んでいただこう。
「釜ヶ崎という地名に愛着をもっている人もいる。釜ヶ崎という地名で傷ついた人もいる」「そんななかで私たちは、「釜ヶ崎」という名前を選び取り、「釜ヶ崎」についての本をつくった。そこには、たったひとつの、ささやかな願いが込められている。このまちが歩んできた歴史と、このまちの現在とを、たくさんの人に知ってほしい、という願いだ」
原口さんの切々たる願いが伝わってくる本だ。この本を読んで、釜ヶ崎を知ることによって、釜ヶ崎を知るだけではなく、いま生きている日本を知り、生き抜くことを知る本でもある。いや、そのように、大きくかまえる必要はない。再び原口さんの言葉。「地名は、人の営みのなかでのみ、生まれたり、消えたり、よみがえったりもする。そして人びとがその名を呼ぶたびに、土地の物語は紡がれていく」「じっと耳を傾けてほしい。この本を読み終えるころには、あなたも語り部のひとりになっているかもしれない」。そうありたい。
著者それぞれが「語り部」であるような、わかりやすい文章と、たくさんの図版で綴られた「完本釜ヶ崎入門書」ともいえる。
詳しい案内は、上記リンク先にある。ここには、目次だけ。
序 章 釜ヶ崎という地名 原口 剛
イラスト 釜ヶ崎、いまむかし ありむら潜
第1章 建設日雇い労働者になる 渡辺拓也
コラム 「子」— この子たちがいるから日本は大丈夫 荘保共子
第2章 釜ヶ崎の日雇い労働者はどのように働いているのか 能川泰治
コラム 「音」— トタン SHINGO★西成
第3章 釜ヶ崎の住まい 平川隆啓
地図のススメ (1)〜(6) 水内俊雄
第4章 釜ヶ崎の歴史はこうして始まった 加藤政洋
第5章 ドヤと日雇い労働者の生活 吉村智博
コラム 「酒」— しんどさ、酒、のぞみ 村松由起夫
第6章 日雇い労働者のまちの五〇年 海老一郎
コラム 「老」— 釜ヶ崎の葬儀と納骨問題 — Sさんという日雇い労働者の生き様を通して 川浪 剛
第7章 騒乱のまち、釜ヶ崎 原口 剛
コラム 「信」—〈ボランティア(善意)〉への戒め — 〈愛する〉ことよりも〈大切にする〉ことを 本田哲郎
第8章 失業の嵐のなかで 松繁逸夫
第9章 釜ヶ崎の「生きづらさ」と宗教 白波瀬達也
コラム 「芸」— いのちと表現 原田麻以
第10章 変わりゆくまちと福祉の揺らぎ 稲田七海
第11章 外国人旅行者が集い憩うまち、釜ヶ崎へ 松村嘉久
ひきだしのなかの釜ヶ崎 水野阿修羅
年表で見るまち
索 引 / 著者紹介
下の絵は本書に収録の、釜ヶ崎の「こどもの里」つまり「かまの子」たちが1990年に描いた「釜ヶ崎のおっちゃんたちのしごと」。わかりにくいが綴じの中央上部に「原子力発電所」の文字もある。
