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2012/06/29

第2回「エンテツの帰ってきた泥酔論」@小岩の野暮酒場は7月29日。

明日で、今月はオシマイ。今年の前半もオシマイ。後半は泥酔論トークを、できたら、かつてのように月イチペースでやりたいと思っているのだが…。

とにかく、メーリングリストやツイッターで、野暮酒場から第2回目の告知があった。以下。

まいどお世話になります、野暮酒場です。
第2回「エンテツの帰ってきた泥酔論」の開催が決定しました!
7月29日(日)18時〜。

テーマは「都会で考える農業」、 泥酔論史上初の大型硬派企画(複数回予定)です。
ニッポン農業のあるべき姿とは、進むべき道は!
を泥酔熱弁、なんてことになるのかどうか……。

詳細は後日ご案内いたします。
よろしくお願いいたします。

以上。泥酔論のキホンはコメディなので、はたして、どうなるか?

昨日は、一ヶ月ほど前から約束の、松陰神社前での飲みだった。14時すぎに家を出て、新宿ション横でヤキソバと生ビール一杯。届け物があって、アポ無しだが、中野のやどやゲストハウスへ。すると、なーんと、まりりん女将もボスも、みな居るではないか。最近1ヶ月ぐらい日本に腰を落ち着けているヒマもなさそうだったトシさんまで。

で、まりりん女将とボスと近くの立ち飲み鎌倉へ。一般社団法人として設立したばかりの中野観光協会の話やドカドカ再開発中の中野の動き、やどやの決算のことなど。なんだかおもしろそうな公認会計士さんが経理を見てくれるようになったとか。生ビールと前割焼酎を飲んで、松陰神社前での18時半待ち合わせ時間ギリギリ。

いまでも「玉電」というのかな?松陰神社前に降りたのは、1970年代の後半以来だろう。若い女子2人と落ち合って、彼女たちの案内で彼女たちが馴染みの、居酒屋へ。ご主人が一人でやっている、小さいが落ち着く、かといって肩の凝らないよい居酒屋だ。ま、あまり詳しく書かないほうがよいらしい。おれは最初から清酒。清酒は各種あって、いろいろ飲んだ。「谷川岳」というのを初めて飲んだ。あれこれ話も盛り上がり、時間が過ぎる。

何しろ遠いので、宇都宮線最終に間に合うよう、22時半ごろ出たのだと思う。豪徳寺で小田急線に乗り換え新宿に着くあいだに、みのるで一杯だけ飲もうかということになった。で、みのるも閉店の時間が迫っているし、ほんとにハイボールを一杯づつ飲んで、新宿駅で彼女たちと別れた。宇都宮線の最終は終わっており、大宮からタクシー。楽しい、うまい酒だった。

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2012/06/27

NHKラジオ第一すっぴん!「VIVA!大衆食堂」4回目。

前回13日の放送は国会中継のために中止。その国会の会期は先週で終わるはずだったのに、大幅の延長になった。今日の放送も危ぶまれたが、昨日、衆院本会議で増税法案が可決され、国会中継はなく放送は予定どおりの連絡があった。

これまでより放送時間が繰り上がり、9時10分頃からのスタート。8時25分までに放送センターの13階のスタジオに着かなくてはならない。ウチからはなんだかんだで2時間チョイかかる。

爽やかな快晴だった。渋谷駅から公園通りの坂をのぼり、NHKの広い敷地の外側をぐるりまわって東玄関をこえ西玄関で受付をし、曲がりくねった廊下を歩き、2つあるエレベータホールのうち奥の方のエレベータで13階のスタジオに着くまで20分は歩く。しかも、5月30日の3回目の放送のときも、そうだったが、受付からエレベータホールへ行く途中にあるトイレを見るとウンコをしたくなる。これは途中で立ち食いそばを食べた効果かも知れないが、今日もまたもよおし、トイレに入ったりした。ということは、どうでもよくて。

今日は「おかずで悩む食堂」ということで、大阪は難波千日前にある食堂「しみず」の話をした。ようやっと短い放送時間にも馴れ、短時間のあいだに、ここぞという大きな特徴になるおもしろい話はできた感じだった。パーソナリティのユカイさんとの呼吸も合わせやすくなった。

考えてみると、今日は本来は7回目になるはずなのに、国会中継で中止が3回あったのだ。今月は今日が初めて。これだけ中止があったのでは馴れるのに時間がかかるのもやむをえないし、これまた国会中継のためみなさまのNHKとしてはやむをえないことだが放送中止が決まる前日の夕方まで準備をしていることも含め、ロスが多くというかなんというか、ペースにのりにくかったが、ようやっと少し持ち時間とトークの感覚がつかめた感じ。

スタジオの中に入ったのが9時5分前で「VIVA!大衆食堂」の前の、リスナーの方からの投稿を紹介するコーナーでコメントしたり、また「VIVA!大衆食堂」のあとの「おべんとガーデン」のコーナーでも、これはリスナーの方がインターネットを利用してアップする今日の朝食や弁当の写真とレシピを見ながらコメントをするのだが、ある種の即興的なおもしろさがあり楽しかった。台本なしの即興ってのは、あるいは緊張する方がいるかも知れないが、おれは気楽に熱中できて好きだな。

ということで、スタジオの中に30分ほどいた。往復4時間以上かけているのだから、これまでのように正味10分の15分で終わるより行った甲斐があるというものだ。藤井アナウンサーとユカイさんの話で知ったのだが、今年はビートルズのデビュー50年なのだそうだ。

次回は、7月11日。国会中継があれば中止になるが、無事に放送の場合は、「美しい小さな村の大きな食堂」ということで山形県大蔵村の食堂の話をする予定。

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2012/06/24

銀座で落語、小岩で野暮酒場。

一昨日22日、ブログを書いていたのを時間切れで放り出して行った先が落語会。有楽町で降り、東京交通会館の三省堂で松本尚久さんの新刊『落語を聴かなくても人生は生きられる』(ちくま文庫)を買い、ルテアトル銀座へ。ここで「読売GINZA落語会」ってのがあるのだ。ひさしぶりのホール落語だ。

18時に待ち合わせだったが、早く着いた。ビル前でぼんやりしていると瀬尾さんがあらわれた。まだ早いからチョイと飲もうかと、立ち飲みか簡単な赤ちょうちんを探すが、なかなかない。銀座ですなあ。逆に京橋の方へ向かうと、何本目かの路地に焼き鳥の匂いが漂っている。おっ、匂うぞ~と奥へ向かう。ありました。まさにビルの谷間に残る、まわりと比較したら掘っ立て小屋にたとえられそうな佇まい。

詳しくは省略。ここがよかった。瀬尾さんがサキさんに電話をすると、こちらに来るという。飲んでいるうちに、サキさんとタノさん到着。それはいいが、まもなく18時半の開演時間じゃないか。いや、しかし、この酒場は捨てがたい、それに、どうせ前座があるし、5人も出演者がいるから、仲入後でもいいじゃないか、おれは雲助だけは聴きたい、大丈夫たしかトリの前の登場だから、てな話をしながら、腰が落ち着く。もらった招待券だと気軽だねえ。

とはいえ、ビールを4本空け焼き鳥を食べたあたりで締めて、会場へ。ルテアトル銀座に入るの始めて。でかいホールだ。こんなデカイところでの落語は初めてだ。それに落語会場にしては、いやに高級感が漂う。銀座はこれだからなあ。2番手の山遊三の「引越しの夢」がちょうど終わるところだった。続いて、権太楼の「火焔太鼓」が会場をわーっとわかせてお仲入。仲入後は、おれが好きな雲助が「お菊の皿」、やはりいいねえ雲助は。そしてトリは、さん喬で「唐茄子屋政談」。このネタを、このデカイ会場でマイクを使っては、チョイと難しい感じだったが。

とにかく、落語を聴くと、ふだん使わないところが刺激されるせいか、肉体から脳まで揉み治療をやったように活性化された気分。それは翌日になっても、続いていた。

21時ごろハネて、帰り、天津飯店で餃子などを食べながら、ビールと紹興酒。落語は、やっぱり地声が届く範囲の会場がよいよねえ、などと感想を出し合い、招待券をもらっておきながらすみません。

翌日、つまり昨日だ。落語効果か、なんだか朝から元気がよい。さらにメールをあけたら、うれしい仕事の依頼があって、元気にはずみがつく。野暮酒場の営業日だったので行くことにした。17時ごろ着くと、店主が1人で飲んでいた。ビールからホッピー。コンさん登場。19時ごろ、店主の腐れ縁友達が、野暮にしては珍しい、若い女子を連れて到着。しかも彼女は、アシタバのおひたしを作って持参という、野暮酒場ではありえない光景。これで盛り上がらない男はどうかしている。ということで、店主が厳選した安酒のポン酒を燗で飲む。銘柄を忘れたが、安酒にしては飲み口のよい、なんだこれは普通じゃないかという感じであった。

おれは一足先に、21時ごろだったかな失礼して帰宅。

とりあえず以上。

松本尚久さんの『落語を聴かなくても人生は生きられる』は、まだ読み出したばかり。意欲的なアンソロジーであり、「まえがき」から引き込まれる。「批評とは」を問いかけながら、グイグイと展開。共感するところが多いし、おれの主張や方法と重なるところもある。落語に限らず、料理や酒や文章など、「視るものと、視られるもの」との関係に存在した「共通の物差しが」「役立たずになってしまう」コンニチに関わることなのだ。そして、公正とはどういうことか。問われている。

ツイッターなどで、誰でも簡単に何かを批評する時代、そもそも書くことが批評であるはずだが、あまりにもトンチンカンが少なくない。インターネットなどで拙速に知識や情報をかき集めては、わかったふりしてふりまわす安直が、けっこう蔓延しているように見える。歴史や社会についてキチンと積み上げることをしておかなくては、ゆがんでしまうなあ、もっとも、自らの読解力の容量の低さに気づくほうが先かも知れないが。ってことも教えられる一冊でもあるようだ。ひとさまのことをアレコレ言う前に、自らの評価軸を考え直さなくてはならない時代なのだ。

最初の文が、小林信彦さんによる「志ん朝さんの死、江戸落語の終焉」。小林さん夫妻が「夫婦で出会うはるか前に、初めてきいたのが朝太時代の志ん朝の「唐茄子屋政談」」だったというエピソードがあって、ちょうど前夜にきいた噺なので、不思議な気分。

そういえば、雲助を知ったのは、松本さんプロデュースの落語会だった。亡き吉村平吉さんを紹介してくれたのも彼だった。放送作家であり、おれは99年の『ぶっかけめしの悦楽』の時、文化放送の吉田照美のやる気まんまんで初めて声をかけていただいた。以来、ラジオ出演で4回ぐらいお世話になっている。最近も『大衆食堂パラダイス!』発行のあと浜美枝さんの番組でお世話になった。あまりゆっくり話し合ったことはないが、若いのにどっしりした考えを持った理論家であることは言葉のはしはしから感じていた。まさにその通り。この本については、また日を改めて。

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2012/06/22

めしと貧乏。

きのうに続いて大げさなタイトル。

以前、若い学者さんに「貧乏」と「貧困」のちがいを聞いたときにはわかったつもりでいたが、「貧乏」というのは、どうも定義も判別も難しいようだ。

昔、のちに総理大臣になった池田勇人が大蔵大臣のときだったと思うが、「貧乏人は麦を食え」てなことを言ったのは、けっこう有名な話として残っている。ならば、その当時、麦を食っているのは貧乏人だけかといえば、ウチの近所に疎開していたインテリ先生は、おれのウチより余裕があるのは間違いなかったが、麦を食っていた。それは、ご本人が肺病を患っており、健康のためにしていたことらしい。

このひとが、東京にもどり、おれが1962年に上京して、その家を訪ねたとき、あいかわらず麦めしを食べていて、ご相伴にあずかった。池田勇人が首相の時代だ。

そのころ、絶賛売り出し人気上昇中の邱永漢さんは、その著のどこかに、中国では麦や雑穀の粉食は貧乏人という見方があったと書いていた記憶がある。邱さんは、米がとれる南部、広州の系譜のひとだから、これは粉食の多い北部に対する見方だったかも知れない。

いずれにせよ消費社会で食材の入手にカネがつきまとうようになれば、そこに自ずと貧富の差がでる。近頃は、カップ麺や袋麺を常用するのは貧困層が多いといったようなデータがあったように思うが、いまそのデータが見つからない。しかし、いろいろなデータからすると、なんとなく、そうかも知れないなあという感じはある。

2012/06/15「「オレの酒買い日記」と酒マーケットに首都マーケット。」に、「東京都の年収分布は、1500万円以上4.3%、1000万円以上1500万円未満8.4%、700万円以上1000万円未満14.5%、500万円以上700円未満16.1%。500万円未満をまとめると56.8%」と引用して省略したが、200万円未満の世帯が17.6%を占める。東京の場合、単身世帯が多いのでこの数字になるようだが、いくら単身でも、これは「貧困」にならないのかと思ってしまう。ま、親と同居の別世帯ってことがあるにしても。

そして、概ね、ジャンクフードといわれるものは、米以外の麦や雑穀の粉もん(コナモンは「粉物」の音便ですよ)を主材料としているものが多い。と、ここで、総理府大臣官房審議室編『食生活(粉食)に関する世論調査 調査報告書』食生活改善協会、1955年を引用して次の話をしたいのだが、すぐ見つからないうえに、残念ながら時間です。また後日。

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2012/06/21

めしとカネ。

大げさなタイトルをつけた。

外食も含め食費にかけられるカネが、毎月ほぼ一定額で決まっていても、その金額を日割にして几帳面に費やすひとは少ないだろう。食堂などで、よく聞く話では、給料日あとの客は景気良くふるまい、のちしだいにしぼんでいく。

かつては、給料日あとの大衆食堂は比較的空いていたとのことだ。客が、もっと「ランクの上」の店へ行くからだ。近頃はどうか。都内で、高いメニューで千円、安いものは500円ぐらいで食事ができる食堂で聞いたところでは、給料日あとでも、よそへ行くことはなく千円ぐらいのメニューがよく出るが、しだいに下がっていって、給料日が近くなると、500円ぐらいに留まるか顔も出さなくなる客もいる。

こういう話は、立地によって、金額の幅は微妙に異なるが、とにかく、そこに「幅」がある。その「幅」はまた、かつての景気がよかった時代とも異なる。

とくに去年の大震災以後目立つようになったのは、いわゆる「経済成長」を否定する考え方だ。その中身もいろいろで、これまでの「成長論」そのものがまやかしであるといったものから、とにかく、原発事故などもあったしもう成長は望めない、1970年代前半のオイルショックの後のように「スモール・イズ・ビューティフル」な感じのものなど。

もろもろのお考えがあるようだけど、ようするに、たとえば現在のめしが一食千円から500円の幅で一ヶ月がすぎていくとして、これを以前のように、給料日あとぐらいは大衆食堂より「ランクの上」の店で食べられるようにしようというのか、この現状を維持しようというのか、それとも、もっと下がってもいいじゃないかということなのか、そのあたりが、さっぱり見えない。じつに頭でっかちの経済論なのだ。

印象としては、現在の一食千円から500円の幅としても、そんなに余裕のある生活ではないし、それすらもやっとのひとも少なくない。その現状からすれば、「成長論」を軽々しく捨ててもらっては困るなあという感じもあるのだが。これはまた、税制ともからむ。もし、成長がなくても、税制によって生活の改善を図るというテもあるだろう。

しかし、実際の動きは、これまたオカシイ。今日、国会の会期の大幅延長が決まった。そして大増税が数日のうちに決まりそうな動きがある。なのに、とりわけネット世間の政治的関心といえば、原発や放射能、大阪市長の発言など、ほかはそれぞれが好みのお祭り騒ぎの話で賑わっている。この大増税が大問題にならない。ま、小沢センセイたちが、別の騒ぎになる動きはあるが。

どうみても、日本は余裕にみえる。こんなことを書いているのが、貧乏なおれの老婆心にすら思えてくる。

だけど、たとえばこの一食千円から500円の幅に「下落」した生活は、これからの大増税でどうなるのだろう。そんなに、これまでがよすぎて、日本の勤労者は不当によい思いをしすぎた、この状況は「やっと普通になった」ということで、成長なんざいらないということなのか。

てな、話しには、あまり関心がないようですね、はい。

当ブログ関連
2012/04/27
「最終戦」に消費税増税、放射能事故が起きる前の放射能。

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2012/06/19

米の「洗い方」。

きのうの「研ぐ」「洗う」が気になったので、チョイと調べてみた。すると、新たな真実?

1982年発行の『元祖男の料理 復刻「軍隊調理法」』というのがある。小林完太郎さんの解説による、「昭和十二年七月二十六日陸軍省検閲済「軍隊調理法」の復刻版」だ。旧漢字や旧かなづかいを新漢字とかなづかいにしてあるが、用語はそのままで、難解なものには注釈がついている。

米の調理については、どうか。「第一章 調理一般の心得」の「第一 基本調理」、「三、洗い方」の項。そこに「野菜類のごときは叮嚀(ていねい)に洗う必要あるも、米麦、魚肉類にありては、衛生上の必要の程度にとどめ、洗い過ぎざることに注意すべし。過度に洗うときは栄養分を損失す」とある。

「研ぐ」ではなく「洗う」だ。しかし、まだある。「三、洗い方」の項の「イ、穀類」。

「精米、精麦の淘洗〔とぐこと〕は栄養分を流出すること多きをもって、なるべく洗い過ぎざることに注意すべし」といった調子だ。〔とぐこと〕が淘洗(とうせん)という言葉で使われているが、内容は、洗うことについてだ。

このあとも洗い方について述べているが、とにかく、ここでは「研ぐ」という概念は、あまり出てこない。あくまでも「洗い方」であり、「洗い」過ぎるなということを、強調している。

これは軍隊のことなので、すでに研米機で米の表面の糠をとる「研米」を終えているからだろう。だから「単に塵埃を洗い流すにとどむべし」ですむ。いずれにせよ、米を調理する、「洗う」か「研ぐ」かは、言葉の問題以前に、それはなんのための作業かの本質を知っておくことが大事なのだ。

米の乾燥法も精米法も、昔と今は大違いで、いまの米は、この軍隊の機械による研米のあとのように、あるいはそれ以上か、米の表面に付着している塵埃はもちろん、糠などは落としすぎぐらい、きれいなものが届く。

要は、自分の目で米を見て、自分の好みで、洗う程度を決めればよいのではないかと思う。なんでもそうだが、物事の本質と、自分の目で確かめた考えと判断が大切なのだ。

「研ぐ」ことに、何か、食や料理に対する特別な「魂」や「精神」や「愛情」や「伝統」が関係する、と、思いたいひとは思ってもよいだろう。だけど、それを普遍的な尺度として、料理に対する姿勢や心の持ち方として強要したり、説教したり、あるいは教育したり、ひとを裁くようなことを言うと、おかしなことになるのだなあ。

それはそうと、この本によれば、すでに洗う必要のない「完全なる「無洗米」」があったのには、おどろいた。考えれば、軍隊では、洗うことすら省く合理性が求められる環境だったといえるか。「精神主義」「伝統主義」の権化のように思われてきた陸軍においても、「研米機」といい、アンガイ合理性を追求していたようだ。いま、普及しつつある無洗米を使うと、「堕落」と言われかねない「精神主義」「伝統主義」もあるようだが。

いずれにせよ、「丁寧」な仕事による、米の大事な栄養分の流出は、気をつけよう。「丁寧」な仕事の前に、仕事の本質を理解したいものだ。

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2012/06/18

「研ぐ」「洗う」、カンチガイや見識の違い。

以前にも、何度か言及していると思うが、米を「研ぐ」ではなく「洗う」と表現するのは、コンニチでは、誤りではないと思う。もうだいぶ前から、米の袋にも「洗う」と表記されているし、さっと洗うていどにしたほうがよいという話も少なくないはすだ。

自分で実際やってみた感じでは、微妙で、「研ぐ」ぐらいのほうが、米がうまけ炊けるような気がしないでもないが、ようするに、昔の米と汚れや乾燥法などが違うから、「研ぐ」とかえって米の旨味が逃げる、「洗う」ていどでよい、ということではなかったかと思う。

と、おれがこう書いたのを見て、はてな?と思ったら、自分で確かめることであり、やってみることだろう。

モンダイは、よく確かめもせず、米を「洗う」と言うひとや風俗の傾向を指して、疑問を投げるだけでなく、「いまの若者は」「そんなことも知らないのか」「食文化の堕落だ」という感じで、鬼の首でもとったかのように、調子に乗って攻撃したり揶揄することだ。

こういう「言い過ぎ」は、正しい自分を疑問に思うこともなければ、日頃いまの若者や言葉の乱れを苦々しく思っていて、そういう目で物事を見ているからではないかと思われる。何かというと、ひとの非をえぐりだしては貶めて、優越感を持ちたいのだろうか。そんなことに、どれだけの価値があるのだろう。

「研ぐ」「洗う」の違いなどは、どっちにしてもそれぞれの好みによる加減がつきまとうことであり、人間や文化の良し悪しレベルで問題にするようなことではないだろう。せいぜいお互いの見識の違いぐらいで、この世は見識の違う人間が集まって成り立っているのだから、それを指摘しておけばすむ話なのだ。

と、自分を振り返ってみると、チョイと調子に乗って言い過ぎたことがあるかも知れないが、またもや、いまだに、「研ぐ」「洗う」で、カンチガイが見られたので、書いてしまった。

ついでに、何で見たか忘れたが、「コナモン」あるいは「粉もん」について、「造語」と言っているひとがいた。これは、カンチガイではないかと思う。いや、見識の違いかも知れないが。

「田舎者」を「イナカモン」と言ったり「若い者」を「ワカモン」と言ったり、「バッタ物」を「バッタモン」と言ったり、ま、いろいろあるが、これは「物」や「者」を「モン」という、ようするに広辞苑のやっかいになれば、「モノ」の音便であり、これを「造語」というのは無理があると、おれは思う。

粉物について「コナモン」という言い方が、一般に広まるのは比較的新しいことかも知れないが、割と普通に使われるようになった。風俗的には「粉物」より「コナモン」のほうが多く目につく感じだ。これも以前書いたことがあると思うが、1980年代におれが粉物の商品開発に関わっていたころは、関係者の間では、「コナモン、コンナモン」と冗談をいうぐらいの状況はあった。この場合の、「コナモン、コンナモン」も、「粉物、こんな物」の音便だろう。したがって、無理にデッチあげた空虚な造語とは違って、生活の実態が背景にあることであり、比較的容易に広まりやすかったとも言える。

なんにせよ、人間は、いろいろマチガイやカンチガイがあるのだから、それを指摘するにしても、そんなにひとを貶めなくてはならないことなのかどうかぐらい判断して、ものを言いたいものだ。とくに個人攻撃になる場合は、注意すべきだろう。自分が、狭い自分の好き嫌いや知識で、ひとを中傷して溜飲を下げる人間のカスにならないためにも。

調子に乗って言いすぎたかな? 今月は、あの食育基本法にもとづく「食育月間」とやらだそうです。

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2012/06/17

谷中やぶさいそうすけ、西日暮里やなぎや、蕨で第3回泥酔会。

なんだか、ぐったり疲れている。飲みすぎというほど飲んでいないと思うが、2日続けての深酒は確かだ。トシのせいで疲れが抜けにくいのか。とにかく、書いておこう。

一昨日は、西日暮里で18時から編集のKさんと飲む約束になっていた。その前に、池袋サンシャインの日本酒フェアに寄り、さらに谷中のやぶさいそうすけで開催中の『loosen upの寝間着展』を見てから行こう、と、よくばりに考えていたが、チマチマやることが片付かずサンシャインは諦めて、谷中のやぶさいそうすけへ。

「パジャマ」ではなく「寝間着」ってのがいいねと思って行った会場には、ギャラリー主の吉川さんと作者の寺西さんもいた。暑い夏にすずしげな肌触りの寝間着が展示してあった。寺西さんらしい、ゆるいゆったりなデザイン。素材も麻など。もちろん売っているのだ。手が届かない値段ではない。でも、「奥さんにどうですか」と言われてもねえ…あまりひとにモノを買ってやるクセがないもので。それより寝間着の端切れで作ったタオルに気に入ったのがあって買った。ガーゼ地、青のチェック。汗をかく夏の持ち物として最適。もちろん自分用だ。

谷中やぶさいそうすけでの『loosen upの寝間着展』は、今週火曜日まで。詳しくは、loosen upさんのブログで。
http://memo.loosen-up.net/?eid=90

おしゃべりしていたら西日暮里のやなぎやで待ち合わせの時間ギリギリになる。最寄り駅の根津から西日暮里は地下鉄で2つ目だから、たいして遅れずにすんだ。Kさんは30分も前に来て、すでに3杯目の生ビールを飲んでいた。彼はよく飲みますからねえ。おれも遅れないように飲む。あれこれ、仕事がらみの話が多かったかな。でも楽しい話だった。泥酔ってほどじゃないが酔って、23時ごろ帰宅。

昨日は、泥酔会。おれを含め、いつもの4人。そして前回同様、蕨で飲むのだ。喜よしの本店に19時集合だった。小雨模様のなか東口に出て、喜よしへ行くと、薄暗い店の前に立っている2人。RカさんとS水さん。喜よしは休み。ここは不定休だからねえ。西口店はやっていると貼り紙。西口の店は知らなかった。では、そちらへ。向かう途中、K村さんも到着。

西口の喜よしは1年程前に出来たらしい。混雑だったが、詰めてもらって、なんとか4人座る。ビールのケースを重ねて天板を置いたテーブル。さあ飲もう。まずは、生ビールと味噌ダレ焼き。

前回のときは、2人とも二十歳代のRカさんとS水さんは入籍直前ぐらいだったと思うが、それから入籍して、ちゃんと素早く子どもをつくって、つまりRカさんはおめでたでアルコールは飲めないけど、めでたい酒でもあるのだ。ってことで、ガンガン飲んだ。しかし、喜よしはうまいし、勘定して安さにおどろく。

2軒目も前回と同じまるよしだが、ここは目下工事中で近くの仮店舗で営業していた。まるよしの工事中の場所を見たが、前より大きくなるようだ。やっぱり安くて人気店だから、仮店舗も、にぎやかなこと。座敷のテーブルが一つ空いていたので、そこに陣取る。

隣の席の先客は、ガテン系と思われる男子2人女子1人。中年より若いから青年か。「飲まずにいられるかあ」とか言いながら飲んでいた。トライアングルを3人で4本空け、5本目だ。すごいなあ。でも、そんなに乱れていない。

ここの料理は盛りが多いから用心して頼み、おれはビールからポン酒。あれこれの話の最後は、こんどはカラオケをやろうというあたりで、おれの電車の時間になった。

駅まで送ってくれた新婚2人と別れ、ホームで上りに乗るK村さんと別れ。大宮行きの電車に乗って、大宮で宇都宮線の最終に間に合うだろうと酔った頭で考えていたが、浦和で乗り換えたほうが無難ではないかとヒラメキ、蕨から2つ目の浦和で降りて正解だった。ここでちょうど宇都宮線最終が来た。大宮まで行っていたら乗れずにタクシーになるところ。酔っていても意外な神経が働くものだ。健全ですなあ。

蕨は、大衆酒場が似合う、勤労者の街という空気があるね。まだ安くてよい店がありそうだし、大いに気になる。それに、埼玉のやきとんやホルモンは、まだまだ奥が深いようだと思う。

当ブログ関連
2012/02/14
京浜東北線蕨で「泥酔会」。とうぜん泥酔、深夜バス帰宅。

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2012/06/15

「オレの酒買い日記」と酒マーケットに首都マーケット。

Dscn0832今日発売の『食品商業』7月号に、「オレの酒買い日記」を寄稿していたので、掲載誌が届いた。

初めて日記風の文章を書いてみて、原稿ではなかなかおもしろく出来たと思っていた。編集さんや校正さんなどからも評判はよかった。しかし、レイアウトされ仕上がったのを読むと、最初思っていたほど、おもしろくはない感じだ。この雑誌、いつも著者校正がないので、レイアウトに合わせて直せない。文の調子が微妙にイマイチなのだ。今にして思えば、まいど文字組が同じなのだから、最初からそのつもりで書けばよいのだが、そのへんの判断が未熟なのだな。ま、とはいえ、内容的には、やっぱりおもしろい。

2012/06/06「飲酒マーケットはどうなるのだろう。悪評もPRのうち。」に書いたように、おれが日常利用する近所の店で実際に買った酒の買い物日記だが、たまたま一ヶ月ほどのレシートがあったので、それをもとにした「実録」を、少しばかりおもしろおかしく書いたのだ。

Dscn0833これは、サブ特集「酒マーケット」最前線 激変する市場・商品・売場」の一部だ。この特集は「高齢化もあり、成人1人当たりのアルコール摂取量は減少傾向に。その一方、飲食店での飲酒シーンを「家飲み」が取り込み続けている。2009年をピークに酒売場の数は減少に転じた。酒類トレンドも変化が激しい。酒マーケットの現況と先進企業の動向をレポート」というもの。そんな生々しいビジネスの話ばかりで情緒などないから、一服のくつろぎになるエッセイを入れたく思った編集さんの心遣い。

以前にも、ハードディスカウントストア特集の時に、そういう趣旨のものを書かせてもらった。こちらに全文があります。2011/07/19「おれとビッグ・エーのまったくもって妙な関係。全文。」

『食品商業』は、スーパー業界の業界誌なのだが、創刊は1972年のことらしい。おれが転職して食品マーケットに関わるようになったのは、その前年のこと。あれから40年が過ぎたのか。この雑誌と、同じ出版社の社名にもなっている月刊誌『商業界』は、よく読んでいた。

Dscn0834食品流通の世界は、ビジネスのなかでも、じつに即物的で生々しい。そして街と暮らしの舞台と舞台裏が、よく見える。今号のメイン特集は、首都を舞台にした、スーパーのライフとサミットの「対決」を取り上げている。「山の手サミット、下町ライフという構図」の分析がおもしろい。

いま全国的には長く続く不況と人口減という厳しい環境のなかで苦しんでいる。ところが「人口減の影響を受けにくい首都圏、ローカルから見ればうらやましいばかりのマーケット」なのだ。スーパーの競合は、「地方都市に行くほど厳しい状況である。東京都と埼玉県、千葉県などを比較した場合、東京の方が競争状況は多少緩やかといえる」。ま、つまり東京は、まだいくらか余裕である。

その恩恵のなかにある首都圏には、ピンとこない人たちがいるかもしれないが、ほんとに地方は「もうペンペン草も生えない」といわれるほど疲弊しているところが増えている。もちろんそこでも元気で生きている人々が大勢いる。その元気のもとを首都圏マーケットへの進出で得ようと、どの分野でも、極端な東京一極集中制度のもとで人口減の影響を受けにくい首都圏へのアプローチに力を注いでいる。商品や事業の展開はもちろん、名前や存在を知ってもらうためのイベントなど。したがって、首都圏の人々は、そのおかげで仕事を得て、一面活性化されているところもあるといえる。

たとえば、この特集のリードでも、さらりと書いているが、最近話題になっているイオングループの「まいばすけっと」の展開がよい例だ。地方進出に力を注いでいたイオンが、まさか「もうペンペン草も生えない」地方を見限ったわけではないだろうが、東京で「まいばすけっと」の展開を始め好調らしい。

いろいろなデータが載っていて、東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県の世帯年収分布に興味をひかれた。とくに「山の手サミットと下町ライフ」の背景。よくいわれる「西」と「東」の比較だ。半径1kmの年収分布を見ると、これは計算法は省略させてもらうが、メッシュデータに拠っている。

西のサミットの本部のある東京杉並区永福のそれは、1500万円以上7.6%、1000万円以上1500万円未満11.2%、700万円以上1000万円未満15.1%、500万円以上700円未満14.2%。500万円未満をまとめると51.8%。

東のライフの出店が多い足立区竹ノ塚のそれは、1500万円以上1.9%、1000万円以上1500万円未満5.7%、700万円以上1000万円未満12.6%、500万円以上700円未満16.7%。500万円未満をまとめると63.2%。

ちなみに、東京都の年収分布は、1500万円以上4.3%、1000万円以上1500万円未満8.4%、700万円以上1000万円未満14.5%、500万円以上700円未満16.1%。500万円未満をまとめると56.8%。

おなじ東京でも、これだけの「差」がある。

とりあえず、そういうことで、『食品商業』は大きな書店にはあると思います。

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2012/06/13

ケン・イトウさんのカウボーイめし物語。

コロラドのケン・イトウさんから手紙が届いた。手紙を書くのは、日本語を忘れないためでもあるらしいのだが、またもや全面的にめしの話だ。これが、とてもおもしろい。

「『ぶっかけめしの悦楽』を読んでは、みそしると飯を食い、また読んでは食い、完全にあの本にはまっています。『みんなの大衆めし』のレシピを見ながら、あの種の飯を出来るだけ食おうと努力していますが、食材をオーダーするのが、ともかく大変です」「何年たってもアメリカの食材はマズイ。レストランの食事もマズイ。全く進歩がないのはどういうわけか。アメリカ人は馬鹿なのか、味に鈍感な民族なのか」と、大学を卒業するとすぐアメリカに渡り、まもなく半世紀になろうという彼は、激しく嘆く。

「ぼくはそれにそまらないよう、出来るだけ、みそしるとめしにこだわり、ぜいたくなカリフォルニア米を炊いて食べています」

ケン・イトウさんは、去年だったかな?メールで、すごくうまく炊ける電気釜を入手できたと言っていたが、去る4月28日に来日中の彼と何年かぶりに会ったとき、その電気釜の話になった。それは韓国製で、少し圧が加わる仕組みらしいのだが、とにかく、おれと手紙のやりとりをするようになった、10年ほど前から、ずっとうまいめしが炊ける電気釜を求めていて、いろいろ使ってみて、やっと満足のものが見つかったということなのだ。

Dscn0831しかし「そんなヒドイアメリカでも、ひとつだけ食えるものがあります。バーベキューです。肉を焼いて食うのはアメリカでは何100年もやっているので、それなりにウマイと思うことがあります。最近、ぼくもバーベキューセットを購入してみました。これは日本にあるかどうかわかりませんが、スモーカーというセットです」と図解入りで丁寧に説明したのち、こう言う。

「このバーベキューとみそしるとめしが何ともいえないウマイ食事になるのです。パンとじゃ駄目なんですヨ。矢張り、めしを食わないとしょうゆの味をエンジョイ出来ないのです」。ここで言う「しょうゆ」は文を省略したが、肉を焼くときに使っている。やっぱり、めしと味噌汁なのである。

「遠藤さん、一度、ぜひウチのOK牧場に泊りに来て下さい。うまいものをごちそうします。(なんだか変ですが)こんなアメリカの山岳地帯のド田舎においしいものがある訳ありませんが、ぼくの作るモノが、なかなかいけます」

といったことで、このあいだ会ったときも、何年かぶりで会って次はいつ会えるかわからないのに、2人で味噌汁ぶっかけめしのうまさについて熱く語りあったのだが、うまいめしと味噌汁にこだわる彼の手紙を読んでいると、ヨダレが出てきちゃうし、行ってみたくなるのだ。ケンさんは、大らかで愉快だし、めしの話は楽しい。

関連
当ブログ 2012/04/26「来日中のケン・イトウさんと会った。」…クリック地獄
ザ大衆食 カウボーイめし物語…クリック地獄

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2012/06/12

クリック地獄の地獄、明日のVIVA!大衆食堂は中止。

Dscn0825先週のことから書いておかなくては。

9坪ハウスの小さな家だが、なんやかんやメンテナンスが必要だ。人間は生まれてからしばらくは成長があるが、建物には成長はなく出来上がったときから劣化が始まる。モノに減価償却があるのもうなずける。人間の劣化や減価償却の計算法も考えたくなるのだが。それはともかく、もともと貧乏だから小さな家しか建てられなかったのだから、小さくてよかった。大きかったら、メンテナンスの手間も金も大変。先日は、毎年やらなくてはならないウッドデッキの塗り替えを1年サボって自前でやったばかりだが、先週の木曜日7日は、外壁の塗装。

大部分はガルバリウムで囲まれているが、二ヶ所だけ板張りに黒の塗装がある。この塗装が3年以上もすぎると、ところどころはげる。全体から見れば、はげるところはほんのわずかだが、ほっておけばそこから雨水がしみこんで傷むことになる。ってわけで、これは自分ではやれない。ハシゴを買えば業者に依頼するより安く上がるのではないかと、おれの身の危険をかえりみないご意見もあったが、とにかく無事に業者に頼んで終えた。確かに、伸縮自在で2階の屋根にまで軽く届く、よい頑丈なハシゴがあって、これを使って、足場を組まずに塗装ができた。つまり足場代は節約できた。でも、このハシゴは個人で所有するようなものじゃない。値段は高いし、一人では持てないほど重い。

9日の土曜日は瀬尾さんの家で引越し祝い飲み会。会費2千円の飲み放題食べ放題。14時集合で8名、遅れて17時ごろ着1人。瀬尾さんの料理で、ビール、ポン種、焼酎、ガンガン飲んだ。20時頃かな?退出。もう十分飲んでいるはずだが、このまま帰れるかと、戎へ。戎のあとは、ばらついた。おれとタノさんの2人は、最後、新宿でみのる。22時半すぎまで飲んで、泥酔帰宅。よく飲んだ。翌日の日曜日は、一日中グッタリだった。

先週は、資料の精査など細かい面倒なことをいろいろやったが、省略。

きのう、7月6日ごろ発売予定のdancyu8月号の原稿の締切りだった。今回はカレーライス特集で、おれは1ページのみ。以前にチョイと書いたが、肉特集のときはテーマに合わせ、柿本人麻呂風気分仕立てで書いたが、今回は啄木風気分仕立てをねらった。タッチがけっこう違う。原稿量が少ないから少々難渋。送って無事にOKの返事。

明日は水曜日で、NHKラジオ第一「VIVA!大衆食堂」に出演の日だが、みなさまのNHKだから国会中継が優先で、休み。すでに何度かあったことで、やりとりした台本の打ち合わせなども、次回の放送に使えるから無駄になるわけではないが、前日の夕方にならないと中止かどうか決まらないのは、いろいろ予定が立ちにくく困りもの。キャンセル料もあるわけじゃなし。国会は会期延長になりそうな気配があるから、27日もアブナイ。気分はのりにくいし早く終わりたい気分がつのる。とりあえず7月11日までは付き合わなくては。

タイトルの「クリック地獄の地獄」は、以前に書いたように目下「ザ大衆食」のサイトのリニューアルを、コツコツやろうとしているのだが、いやはや、ほんとにクリック地獄でまいっています。もともとリゾームなデザインをイメージしていたのだが、リゾームどころかスパゲッティ状態。せめて自分で何がどのへんにあるかぐらい、もっと簡単にリンクをたどれるようにしたいのだが。

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2012/06/08

豆苗は無限ではないが楽しみにはなる。

つい最近、ニフティのデイリーポータルZで「無限豆苗」というのをやっていた。
http://portal.nifty.com/kiji/120603155829_1.htm

それで思い出したのだが、ウチもやってみて、写真を撮ってあったのだ。

最初の写真は5月26日。買ってきた豆苗を切って使ってから数日後ぐらいだと思う。なにしろ安いもので、以前から豆苗は時々使っていたが、いつも袋の後ろの印刷など見たことがなかった。その時たまたま、豆苗を取り出し袋を、そのままゴミ箱に直行させずに、ワークトップの上に投げておいた。あとで見ると、切った根の部分を、きれいな水につけておけば、また生えて使えるとあった。すでに捨ててあったそれを取り出し、水につけておいた。

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最初の2、3日は、たいした変化はなかったように思うが、伸び出したら早かった。置いた場所が悪かったのか、買ってきたときのものと比べると、色も薄く太さも細かったが、食べられる長さになったの切って使った。切る前に写真を撮った。こうやって、無限に、刈って食べると、また生えて食べられるなら、よいのだが、そうはいかない。

Dscn0824

それから、また伸びてはいるのだが、茎はますます細く、じつに頼りない。だけど、まあ、なんだか楽しいのである。これはもう食べずに、今日も、ゆらゆら伸びているのを見ている。いずれ生命を終えることになるだろう。生命だもの、終わりがあるのさ。

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2012/06/06

飲酒マーケットはどうなるのだろう。悪評もPRのうち。

Dscn0822_2

先日、森ビルで東京の大規模模型を見たあと4人で新橋の飲み屋へ行ったとき、一軒目の酒場で一杯目に飲んだ酒が、「一番搾りフローズン生」という新発売のものだった。

テーブルに座って、さて「とりあえず」何を飲むかってときに、誰かがテーブルの上のPOPを発見、「あっ、これテレビで宣伝中のやつ」ってことで、どんなものか飲んでみるかってことになった。マス広告で知名度アップ→POPで購買行動に結びつける、ありふれた作戦に素直にはまった。

最初ひとくち飲んで、みんな「ナニコレ」という顔をしたが、誰も「マズイ」とはいわない。具体的に「泡が苦い」「飲みにくい」「真夏の暑い日差しの下なら飲めるかも」といった声はあった。みんな奥ゆかしく思慮深いのである。よくわからん酒だなあ、なんでこんなものを売り出したのだろう、と考えながら静々飲む感じだった。

おれが一番早く空けて、「やっぱり普通の生ビール」を頼んだら、にぎやかになった。誰かが「これは、それよ、最初の一杯は珍しがらせて飲ませて、次に、やっぱり普通の生ビールを注文させる作戦」と言った。「とにかく、こうして、店に来た客に最初の一杯が売れればよい、二杯目は無くてもよい、来年は無くなってもよい、今年の夏だけの売り切り作戦」とか、キリンさんの腹を詮索する話で、しばし盛り上がった。企業の商品開発や広告・広報に関係するひとたちだから、奇異なる味より、その「開発意図」のようなものを、アレコレ詮索してみたくなるのかも知れない。そういふ、生ビールだった。

「悪評もPRのうち」と、現在のようにインターネットが普及する前のオールドメディアの時代から言われて、開発や広報・広告の担当は、悪評でもよい、まず商品名の露出や知名度アップために、話題になることが必要と気にかけた。悪評だからといって、あまり気にしなかった。近頃は、「炎上マーケティング」なんてものがあるぐらいなもので、「悪評もPRのうち」なんてカワイイものだ。インターネットで、うっかり悪口に類する悪評を書いて溜飲を下げていても、宣伝販促の手助けになりかねない。

いわゆる普遍的な価値や品質を維持してきた経済の崩壊で、マーケットは細切れ状態になり競争が激化、マス・マーケットの形成は困難になるなか、炎上だろうが悪評だろうが、とりあえず話題になることで市場に位置を確保するってことが必要なのだろう。何にも話題にならず、誰にも無視されたら、続々ドカドカ出回る商品に埋もれて終わってしまう。

もともと人びとの嗜好やココロはうつろいやすいうえに、市場の細分化が進行しているから、ある種のひとたちに悪評でも、ある種のひとたちに好評なら生き残れる。そもそもメディアでの評判と実際の売行きが異なることは、珍しくないのであるし。

とにもかくにも、どんなメディアでもよい露出し、話題になって、シェアは小さくても利益を出し、今年は、あるいはこの商品は、これで話題になって売れ、来年は、あるいは次の商品は、また違う切り口でつながればよし、てな感じな動向は、確かに存在するようだ。

そういう意味では、「このフローズンはマズイね」と言いながら、一杯でも飲んで、さらに口直しに普通の生ビールが売れたら、文句はあるめえ。マズイからカネを返せということはないのだから。その上、こうやって書くと、宣伝の手助けをしてあげているようなものだ。

校了したばかりだが、『食品商業』というスーパー業界の専門誌の今月15日に発売の号に、「オレの酒買い日記」というタイトルで書かせてもらった。編集さんのほうで、「もうすぐ69歳の「うめぇ」安酒ライフ」というサブをつけたようだ。おれが日常利用する近所の店で実際に買った酒の買い物日記だが、たまたま一ヶ月ほどのレシートがあったので、それをもとにした「実録」を、少しばかりおもしろおかしく書いた。編集さんには、箱酒や発泡酒などの安酒に対する愛があふれていますと言われた。本文では、箱酒や発泡酒は実ブランド名で書かれている。

飲酒業界も含め、酒マーケットは、ますます混沌を深めそうだ。酒業界には「65歳を超えると酒類の支出は、ソト飲み・ウチ飲みを問わず激減する。酒類を大量に消費してきたこれらの世代の高齢化は酒業界にとって大きな問題」という認識がある。

フローズン生の売り出しも、そういう背景があってのことだろう。ま、ひとのことより、自分の足元をよく看なくては。

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2012/06/04

チマチマしたこと。

去る1日、同じ日に、京阪神エルマガジン社から、『ミーツ・リージョナル』7月号と白井いち恵さんのデビュー作『東京バス散歩』をいただいた。とくに白井さんの本は、ここに紹介しようと思いながら、ほかの積読状態に合流したままだ。

どうも、いわゆる読書に身が入らない。そして、そういえばと、『ミーツ・リージョナル』6月号で永江朗さんが連載「本のむこう側」に書いていたことを思い出した。「今こそ読みたい、アンチ「ほっこり」小説」のタイトル。

「3・11以降、小説が売れなくなっている。ある文芸編集者から聞いた話だ。小説の返品率が上昇したまま戻らないというのだ。それはそうだろうと思う。自分の身のまわり半径3メートルぐらいの中で起きるチマチマしたできごとを書いた小説や、「ほっこり」した気持ちになれる小説なんて、地震と津波と原発事故の後では屁みたいなものである。下品ですまんが。小説で扱われる失恋だとか離婚だとかっていう不幸も、津波に比べれば・・・・・・と思ってしまう。小説家の想像力が試される時代だ」

実際の小説の売行きは知らないし、もしかしたら、地震と津波と原発事故の後ということでなくても、もともと近頃の小説家や彼らの作品を愛好する「本好き」といった読者の想像力は貧困だったのであり、それが急には豊にならないと思ったりするのだが。そもそも、近頃の「生活保護」をめぐるアレコレの議論でも、小説家の発言は、もともと関心がないのではないかと思われるほど影がうすい。

ま、おれが読書に身が入らないのは、地震と津波と原発事故や、生活保護問題などアレコレの社会問題にココロを奪われているせいではないのだが。それでも、先日、ハーベスト社の小林さんにいただいた、「ほっこり」癒しにはほど遠い小難しいガクジュツ書『差異の繋争点 現代の差別を読み解く』(天田城介・村上潔・山本崇記 編)は、割と早く読んだのだから、いまどきの深刻化する貧困と差別のことは気になっているのだろう。

そもそも地震と津波と原発事故があろうがなかろうが、いわゆる「生活困窮」状態というのはあったのであり、被災者を何故支援するかといえば、被災により「生活困窮」状態に陥っているか陥る可能性があって、そういうことにならないためのはずではないのか。どうも「生活困窮」問題については無関心で、「被災者」支援だけってのは、ま、しないよりマシなのかも知れないが、キレイゴトのような気もする。それこそ、被災者支援することで「ほっこり」を求めあっているような。うーむ、やはり「小説家」といわれるひとたちの想像力は試されているのか。いや、ま、永江さんも含め、ライターの想像力が試されているのだろう。

そりゃそうと、このあいだから生活保護受給問題が個人叩きのようなアンバイになっているようだけど、ちゃんと政策的な議論をするなら、『差異の繋争点 現代の差別を読み解く』の中でも10章「国家の眼としての貧困調査」小泉義之は読んでおいて損はないと思うよ。ひとの生命や生活に関わることだからなあ。

先週後半からアレコレ今日の「朝いち」仕事が片付くまであわただしかった。老化で処理スピードが退化しているからだが。老化といえば。

NHKラジオ第一「VIVA!大衆食堂」の出演は、今月で終わりと思っていたら、「すっぴん!」の放送は7月20日までだそうで、7月11日の放送が最後になる。そのあとは、「すっぴん!」が、高校野球中継などで、8月一杯は休みになる。おれの出番もこれで終わり。と思っていたら、先週末に、9月以後のことで打診があり、現在隔週の出演を毎週にして続けたいとのこと。若ければ、うれしい話だけど、それは厳しい、なにしろトシだからねえ隔週でも、けっこう負担なんですよ。ちょうど忙しい最中だったので、担当さんに電話ですげなく断ってしまった。同じ断るのでも、ちょっと素っ気なさ過ぎたかなと反省していた今日、テキも簡単には引き下がらず電話があり、反省もあったから話を聞いているうちに、キッパリとは断れきれず、またさすがクドキ上手なのだな、ずるずるずる引き込まれ、負担をできるだけ小さくする条件をチマチマ言っていたら、それで検討いただくことになった。ま、決まったら、潔く、老体にムチを入れ、もうひとがんばりするか。

ってことで、とりあえず残り全力投球、6月13日、27日、7月11日。放送時間が繰り上がって、9時5分ごろから15分間ぐらいに変更になりました。よろしく~。

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2012/06/02

なんだかんだで、昨日の続き。

森ビルが制作する東京の大規模模型は、昨夜のタモリ倶楽部「全国ジオラマファンに贈る 東京の作り方」で放映されたらしい。ってことは関係ないのだが、今夜はもう文を書くのもメンドウなので、昨日の続きってことで、写真を掲載。以前は酔っても、ブログを書けたが、近頃は酔うと何もかもメンドウなだけ。

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昨日も書いたように、この模型は、山手線の西側と北側は、少ししか含まれていない。もしかすると、故森稔会長の再開発あんど開発的関心は、山手線内から東と南にあったのかも知れない。上の写真は、模型の南端部、羽田空港から北方面。手前の暗い部分、羽田空港の模型は手つかずで、D滑走路は工事中。

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模型には、上野駅前の丸井やアメ横などはあるが、上野駅や上野公園は含まれず、そこから北側は切れている。

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大雑把に言えば、深川地域。模型はほとんど未完。江戸期に開発された地域であり、そして、かつては焼かれて、こんな景色になったこともあるか。中央部左右に流れるのが横十間川(右が北)、その右端のへんが錦糸町。中央部やや右、上下に首都高7号小松川線、この下は竪川。左端に近く、上下に流れるのが小名木川。写真にはないが、この左手に十間川。いずれも、江戸の命綱ともいうべき水運を担った。おれが好きな藤沢周平の作品の舞台でもある。彼は、このあたりから左手写真におさまらなかった仙台堀あたりまで、川や橋を小説の脇役以上の風景にした。川は歴史と生活を語る、か。

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この長い建物、こうやってみると、いまさらながら不気味だ。かつてオウムの襲撃標的になっていたと聞く防衛庁関係の施設、いったいこれは何の建物なのだろう。

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東京タワーと周辺。東京スカイツリーが出来て、東京タワーは昭和遺跡になりにけり、か。タワーの右側は増上寺。増上寺本堂の下側、こんもりした緑は芝円山古墳のはずだ。現代に微かに残る古代。

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最後は、模型のあるフロアーから目視した東京タワー。

こんなところで、オシマイ。

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2012/06/01

六本木ヒルズで東京の大規模模型を見たのち新橋でヨイ酔い。

実際に見ておどろいた。縮尺千分の1で作られた、東京の模型。それも広い範囲のものだから、ほんとに大規模だ。これでも、山手線の北側と西側は、ほんの少ししか含まれていない。しかも、緻密に作られ、普通の民家の窓や、ビルの看板まで再現されている。

この模型は六本木ヒルズの中のオフィス棟の30何階だったか、そのワンフロアーにある。ヒルズ開発会社の森ビルが所有し、現在も制作進行中のなのだ。

去る3月亡くなった森ビルの森稔会長が、よくある都市計画などの模型は、発砲スチーロールを切ったり貼り合わせただけの白いハコであることが多いのだが、そうではなく実際に即した模型が欲しいと作らせたものだそうだ。再開発のプレゼン用の商売の道具でもあるが、ここまで凝ると、もはや「道楽」の域ではなかろうかとタメイキ。で、これほどのものは無いわけで、このあいだの東京都の東京オリンピックのプレゼンのときも、貸してくれといわれて貸し出したとか。

とにかく、これは普段は非公開のもので見学できないのだが、誘いをいたただいて、何をおいても見たいと思い、行ってきたのだ。

昨日17時、オフィス棟の入口で、堀岡さん、佐々木さん、初対面の大橋さんと待ち合わせ。佐々木さんは遅れて来ることになり、模型のあるフロアーへ。オフィス棟に入るのも初めて。このあいだ森美術館へ行ったが、それはこのビルの50何階かにあり、外側から3階へ行き、美術館や展望台へ行く専用のエレベーターに乗る。オフィスの方は、奇数階へ行くには1階の、偶数階へ行くには2階のエレベーターに乗るという具合になっている。そんなことはいいや。

なにしろ模型はデカイから、端の方は、身体と目を近づければ、家の一軒一軒の高さ形や道路の起伏までわかるが、ほかは大きな建物以外は、識別が難しい。大橋さんは、地図と双眼鏡がいる、こんど来るときは持ってこようと言いながら、見ていた。遅れて着た佐々木さんは、これを見るのは2回目だそうだが、模型のそばで横になって写真を撮ったりしていた。人間はガリバーってとこだ。

それにしても東京はデカイなの感想。そばに比較が可能なように、ニューヨークと上海の模型もあるのだが、ダンゼン東京のほうが大きい。そして、高層ビルは少ない。ま、そのへんが、一目でわかるというのも、この模型のネライなのかも知れない。東京はゴチャゴチャしているし、まだまだ高層ビル再開発の余地があるぞ~、もっとカッコイイ都会になれるぞ~、と主張しているかのような。

実際に再開発は続いている。いったい、東京とくに都心は、どうなるのだろう。そこでどんなものを飲み食いするようになるのだろう。上海の再開発ビル街の模型を見ても、中国人はあいかわらず中国料理を食べているのだろうと想像しちゃうが、東京の場合は、これまでの変わりようを思えば想像が難しい。はたして?

見ていると切りがない。遅くまではお邪魔できない。それにあとの酒も楽しみで集まったのだ。タクシーで新橋に出る。

新橋は、相変わらず、おやじの雑踏、この街に入ると若者もおやじに見える、猥雑な活気にあふれていた。やっぱ、街はこうでなきゃあな。大きなビルだらけの街じゃ、こうはいかんよ。飲み屋もひとであふれている。どこが不景気なの?と誰かが声をあげる。19時だから入れないだろうなと思いながら行ったDOCK-DRYは、やはり満員。烏森東口にまわり、魚金も満員で入れず、路地の奥の青樹で座れた。

今年になってから堀岡さんと佐々木さんとは(そこに阿久根さんもいるのがフツウなのだが、昨日は不在)比較的よく飲んでいる。とにかく楽しい酒だ。初対面の大橋さん、スタイリストや服飾デザイナー?として活躍されていて、やはり楽しい酒のひとだ。にぎやかに盛り上がる。21時すぎ、やはりDOCK-DRYの生ビールを飲まなくてはと、もう一度チャレンジ。相変わらずの混雑だったが、少し待てば席が空くというので、外のビヤ樽で飲む。うまい。外で飲むにはいい気候だ。ますます、生ビールがうまい。頭上を通る電車の音が心臓に響く、この高架下の一角だけは、まだ戦後の風景のままのように見える。

空いた席に移って、23時ごろまでだったかな?とにかく宇都宮線の終電で帰宅。今宵よい酔い夜という感じだった。

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上の写真、模型の右端の高層ビル群は都庁などがある新宿副都心。左端の切れたあたりに東京スカイツリーがある。奥の方は羽田空港などがある南部。下の写真は都庁と周辺のアップ、新宿中央公園と熊野神社など。
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最後の写真の下側は、制作進行中。模型ができていないところは、このように航空写真が貼ってある。東京スカイツリーや渋谷のヒカリエのように新しく完成した建造物は、模型を作って更新される。佐々木さんが横になって模型を眺めたり撮影したり。

参考までに、はてなブックマークニュースの当模型に関する記事。夏休みに一般公開があるようです。
http://b.hatena.ne.jp/articles/201203/8165
そうそう、今夜のタモリ倶楽部で、この模型の放送がある予定と聞いた。

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