« 六日町へ行って、今月閉店の大阪屋食堂と100歳のかあちゃん。 | トップページ | 「食のこころ こころの食」 »

2012/09/16

六日町行、きのうの続き。万盛庵で酔っ払って帰宅。

024

書こうとしたら、記憶の中で大阪屋での話と万盛庵での話が混ざってしまって分けられない。とにかく、100歳の大阪屋のかあちゃんをショートステイ先のホームにお見舞いしたあと、あっこちゃんの運転するクルマで田中町にある万盛庵へ行った。

六日町の古い商店街がある中心部は、三国街道に沿って発達したのであり、最も上手(南)が上町で「かんまち」と呼んでいた。その隣が江戸期からの旦那衆が多い、長い間役場などがあった仲町、そして北の端が田中町だ。

仲町と田中町の境目あたりから西に曲がる広い通りは、三国街道に比べたら歴史は新しいが、上越線六日町駅の駅前通りで旭町、大阪屋がある。おれが住んでいた伊勢町は、仲町の西の裏側、旭町の南の裏側にあたる。

万盛庵のことは「まんせ」と呼ぶ人が多い。まんせに向かう途中でクボシュンの家の前を通ったので、もしかすると一緒に飲めるかと思い、クルマから降りて家の戸を開けて声をかけてみた。シュンスケはいたが、膝から下が包帯で倍以上の太さになった右足を引きずりながらあらわれた。元気はいいが、とても酒は飲めない。よく見ると顔にも怪我の跡がある。あとであっこちゃんに聞いたら、バイクで転んだらしい。口は達者でも、もうバイクをブイブイふかすトシじゃねえよな。

まんせに着いたのは16時ごろだったと思うが、もちろんこの時間に客はいないが、店は一日中開いているのだ。とうちゃんもかあちゃんのえっちゃんも息子もみんないた。

店内の一隅に、タカノツメのすだれが下がっていた。

暑かった。六日町は盆地で、夏は昔から蒸し暑い。さっそく生ビールをもらう。あっこちゃんは飲めないのでソフトドリンク。大きなテーブルに3人で座って、おしゃべり。えっちゃんは何かのアレルギーだそうで、目はショボショボ鼻はグスグスだったが、そのうちとうちゃんが注いでくれた酒を飲みだす。

来年の10月には70歳になる中学の同期会がある。えっちゃんもあっこちゃんもクボシュンも、その幹事なのだ。先日も、幹事の集まりがあって、やっと場所が決まったらしい。60歳の時も大勢が集まったが、大勢が集まれるのは、これが最後だろうという思いがある。地元に住んで幹事をやる人も大変だ。

同期会は、本来5年に一度で、60歳、65歳つぎは70歳でということだったが、きょねん誰が言い出したか70歳までガマンできない死ぬかも知れないってことで、急遽10月に開催された。おれも参加したが、急だったにもかかわらず60人ぐらい集まった。その時の幹事に、キイチがいた。

去年の同期会の幹事と来年の同期会の幹事の引継ぎが、今年になってからあった。キイチも出席していた。その数日後、キイチは夜中に酒に酔って飲み屋から帰る途中、用水のように岸をコンクリートで固められた小川に落ちて、朝になって凍死体で発見された。おれもその知らせを電話で聞いたときには驚いたが、幹事の人たちは数日前に会合を持ったばかりだった。といったことで、キイチの話になる。

高校進学が5割を切っていたころの中卒だし、それぞれのその後は、おれは高校を卒業して町を出て、しかも親も家業に失敗して家を手放して町を出たぐらいだから、あまり付き合いもなく知らないことが多い。えっちゃんが高校を中退していたのも知らなかった。あっこちゃんは、一度町を離れ、またもどったのだということも知らなかった。

それに高校卒業まで町で過ごしていても、町のことは上っ面しか知らない。地元が長い彼女たちは、詳しい。もっとも、彼女たちが知らないで、おれが知っていることもあるのだが。話していると、女子たちの付き合い方や町に対する関心の持ち方と、男子とは違うところもあるようだ。そんなあれこれが気がつくぐらい、あれこれおしゃべりした。たったこれだけでも、書き切れないほどの、それぞれの人生。

50年食堂を続けて身体のぐあいが悪く閉店する夫妻、100歳のかあちゃんに会ったあと、来年は70になる面々の人生語り。みんないくつまで生きるか知らんが、ま、ようするに人生に意味なんかなく、それぞれの「生きる」があるだけだな。時代も意味がない。やっぱ、気取るな力強くめしを食え!だな。と、なんだか大いに充実した気分で酒がすすんだ。

025おれは生ビールを飲んだあと、まいどのように地元の酒、高千代、鶴齢、八海山を順次飲むには時間が早すぎるので、「万盛庵」のラベルの焼酎を注いではウーロン茶で割ったりしながら飲んだ。

養殖ではないアユを久しぶりに食べた。身のしまりが、まったく違う。ほかに、とうちゃんお得意の漬物や、いろいろ。そして、この時期ならではの、もうそろそろ終りの、カグラナンバン肉詰めを食べた。まんせのこれは、肉詰めを煮た汁でソースを作ってかけるところが特徴なのだ。丸ナスの漬物も出たが、チョイと歯の都合が悪くて食べられない。いずれにせよ、カグラナンバンとナスの漬物で、ああ今年の「ふるさと」の夏も終りだなあ。

03420時近くなって、そろそろポン酒を飲んで泥酔してもよいだろうと、高千代、鶴齢、八海山を飲む。歩いて駅まで10分かからないところを、あっこちゃんにクルマで送ってもらって別れたときには、かなり酔いがまわっていた。「ふるさと」にも酔っていた。

036

| |

« 六日町へ行って、今月閉店の大阪屋食堂と100歳のかあちゃん。 | トップページ | 「食のこころ こころの食」 »