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2013/11/03

大阪でトーク2晩、あいだで盗難。

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2013/10/17「今月末は、大阪デーだで~。」に書いたように、30日と31日には、大阪でトークだった。

30日は「関西人のための「新潟のええとこ・うまいもんゼミナール」だった。午前9時過ぎに家を出た。大阪に着いて、ホテルのチェックインをすまし、140Bへ。江さんに挨拶、司会をやってくださる中島さんと打ち合わせ。メールで送ってあった画像などで、スライドを作っていただいたので、これを使用するのだ。

18時ごろ、梅田の富国生命ビル4Fにある会場「アサヒ ラボ・ガーデン」に移動。新潟県観光協会や新潟県大阪事務所、広告代理店などの関係者のみなさまと挨拶。大勢いらしていて、おどろいた。

参加者は50名。当初は定員30名で募集だったが、たちまち一杯になって、50名に増やした、それでも募集開始から3日で一杯になったのだそうだ。両親が新潟県出身という方が1人いたが、ほかは新潟県とは関係ない方ばかり。やはり関西から新潟は遠いんだな。なにしろ関西から新潟県を訪ねる観光客は2%に満たないのだとか。

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18時半ちょうどに中島さんの司会で始まり、スライドを使って話はすすむ。「炊きたて白飯の卵かけご飯こそ、新潟の至宝!」というタイトルで、米のめしと「ごはんのお供」の話が中心。自分でも話していて、ヨダレが出そうだった。参加者のみなさまの反応もよく、質問の時間には、農業の後継者はどうなっているのかといった、農業問題への関心もうかがえた。帰りには、魚沼産コシヒカリ1キロが土産。

20時終了。中島さんと天神橋筋の居酒屋へ。23時近くまで、熱燗を飲みながら、あれやこれや話す。

31日、10時少し前にホテルを出て、大阪駅御堂筋北口のコインロッカーに荷物を預けた。正確には、コインではなく、スイカを使うICロッカーというべきか。

017地下鉄で千日前のしみずへ。おかずをとり、ビールとめしと玉赤を頼む。午後に今夜のトークの相手である須田さんと落ち合うことになっているが、おれは携帯を持っていないから、昼頃おれから連絡を入れることにした。待ち合わせる時間と場所を決めるまでは、あまり動けない。ゆっくりビールを飲み、めしを食べくつろぐ。

しみずを出て、これまで場末な感じなところばかり歩いているから、たまには御堂筋を歩いて梅田に出てみよう、昔は、よく歩いたところだ。

大阪駅に着いて、須田さんに電話。16時に桜橋口のヒルトンの前で待ち合わせることになった。それまで4時間ほどある。どこに行こうか迷った結果、今城塚古墳へ行くことにした。

高槻にあるはずだと思って高槻へ。駅の観光案内に訪ねると、高槻からは歩けないし、バスも何本も出ていない、一駅もどって攝津富田からのほうがバスの本数があるという。もどる。バスは20分に1本で、ちょうど出たあと。歩くと1時間近くかかるようだ。バスを待って、今城塚古墳に着いたのが、14時40分ごろ。

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16時少し前には、大阪駅にもどらなくてはならない、古墳はデカイ。淀川流域最大級の前方後円墳だ。よく整備されていて、復元した埴輪が並び、墳丘も歩けるようになっている。写真を撮りながら歩いているうちに時間はすぎ、今城塚古代歴史館を見る時間はなくなった。でも、行ってよかった。

16時10分前ぐらいに大阪駅に着き、荷物を預けたコインロッカーへ行き、スイカを使って開錠し、ふたを開けると、なかの荷物がない。正確には、上着と大きめのザックを入れておいたのだが、ザックだけが無くなっている。上着のポケットには、最初から何も入っていなかったのだから、相手にされなかったのだろう。

一瞬、何が起きたのか、わからなかった。とにかく、ザックが消えている。

ってことで、アレコレあって、けっきょくたどりついたところが、大阪駅すぐそばの曽根崎署3階の刑事課。その前に、16時待ち合わせの須田さんの携帯に電話するが、何度かけても話し中。

刑事課では若い女性の刑事が相手をしてくれた。状況を説明、彼女がパソコンで盗難届を作成しながら、もしかすると金目のものが入っていないから捨てられているかも知れないと念のために遺失物拾得物の係に連絡をとってくれたり。その電話で須田さんとも連絡がとれ、署まで来てくれることに。

書類ができ、印鑑は持っていなかったので、左指の人差し指で捺印を終わったところに、須田さんがあらわれた。

盗られたものは、被害総額の時価にすれば2千円にも満たないのだが、あまり出回ってないミレーの旧型復刻版のザックは使い勝手がよくて気に入っていたし、これまでの取材メモ帳が無くなったのは困るし、なんといっても問題は家の鍵が入っていたことだ。念のために家のドアの鍵を付け替えなくてはならない、これにかかる費用が一番の損害。

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とにかく、須田さんと福島に出て、まずは一杯。のち、さばの湯温泉に移動。大阪の初めての方ばかりの前で、須田さんとカウンターカルチャートーク。終わって、その場で参加者と打ち上げ飲み。解散のち、須田さんと参加者2人の方と、近くのおでんやで23時ごろまで。ホテルは近く。

11月1日。早く家に帰り、ドアの鍵の付け替えをするべく、5時に起床、帰宅。

曽根崎署の、しかも刑事課に入るなんていう体験はめったにないことで、面白かったが、鍵の付け替えが、あちこち業者に連絡とったり面倒で、くたびれた。

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