食と生活のための、明晰な人による明晰な書評集『食の本棚』河合知子。
著者のツイッターで、本書に拙著『大衆食堂パラダイス!』が収録されていると知って、買って読んだ。
速水健朗さんの新刊『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』(朝日新書)は、めっぽう売れているようで、いずれ当ブログでもふれたいと思っているが、「あとがき」で「驚くほど食に関してのおもしろい本の刊行が増えている」と、拙著『大衆めし 激動の戦後史』などが「大いに触発されたフード本」として紹介されている。
たしかに、近頃の「フード本」は、いわゆる、いいものいい店いい食談義や役に立つ健康と栄養の料理本の類とはちがう、「食という営み」を「考える」傾向のものが増えていておもしろい。本書も、そういう一冊だ。
「栄養満点おいしい人生を与えてくれる70冊」とサブタイトルにある。たまたま腰巻に「活字は血となり肉となる。」という惹句があるのだが、活字を読めば自動的に血となり肉となるわけじゃない。バカの血となり肉となることもある。本の選び方、その読み方や見方があってのことで、本書は、そのための素晴らしい書評集でありブックガイドだ。
著者は北海道在住、農学博士、管理栄養士として活躍されている方で、栄養士の現場から食の現実と向かいあって仕事をしている。
本書は、直接的には、栄養士や栄養士になろうという人たちに向けられているが、著者は「栄養士だけでなく食関係の仕事に就いている方や食に関心のあるすべての方々に読んでいただければうれいしかぎりです」という。おれも、そう思う。
70冊は、次の3つの章に分類されている。
第一章 栄養士の基礎を作り血や肉になる本
第二章 視野を広げ教養を深める本
第三章 心に染み入り元気が出る本
第一章の選書を見ただけで、本書は食べて生きているひとが対象だとわかる。
第一章23冊のうち、栄養学に直接関わるのは、香川綾『栄養学と私の半世紀』・佐伯芳子『栄養学者佐伯矩伝』・杉晴夫『栄養学を拓いた巨人たち』・松田誠『脚気をなくした男 高木兼寛伝』である。
この紹介を読めば、栄養学が、どういう人たちによって、どういうふうに成り立ってきたかの概略を知ることができる。じつは、「栄養」という言葉は身近な割りには、その記号的な部分以外は、あまり知られていない。だけど、カンジンなことは、その知られてないことにあると気づくだろう。
いま栄養学は、食事や料理などの広いフィールドと向き合わなくてはならない。それはとりもなおさず、食べて生きる全ての人びとが向き合っていることだ。磯部晶策『食品を見わける』・黒木登志夫『健康・老化・寿命』・児玉定子『日本の食事様式』・近藤弘『日本人の味覚』・中尾佐助『料理の起源』・本山荻舟『飲食事典』は、食事や料理の基本的な知識に関係する。
そして、食はいま、大きな現代的な課題を抱えている。それに関する本の数々。安斎育郎『増補改訂版 家族で語る食卓の放射能汚染』、放射能については田崎晴明『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』もあって、現実と向かい合う著者の見識と責任感を感じる選書だ。ほかにサイモン&エツァート・エルンスト『代替医療のトリック』・島田彰夫『食とからだのエコロジー「食術」再考』・高嶋光雪『アメリカ小麦戦略』・中西準子『環境リスク学』・森本芳生『「食育」批判序説』・山口迪夫『アルカリ性食品・酸性食品の誤り』・山本俊一『わが罪 農薬汚染食品の輸入許可』。
なんといっても、特徴ある光っている選書は、宇佐美寛『新版 論理的思考』・大野晋『日本語練習帳』・郷原信郎『思考停止社会』・森博嗣『科学的とはどういう意味か』が含まれていることだ。著者は現実を直視し向き合いながら、人間として職業人として、論理的科学的思考を持ち、つねによく考える生き方を大切にしている。このあたりが、本書の基底にある最も強いメッセージではないかと思われる。
取り上げられた本は、1冊1冊が、3ページから4ページでまとめられている。本の概略や作者の紹介と共に、なぜその本を選んだか、その本の意義などをまとめ、本文からポイントとなる文章を引用、私はこの本をこう読んだとまとめる。簡潔な要約や縮約や引用、明確な視点と根拠と批評、わかりやすく無駄のない論理的な文章、ところどころユーモアがある。いたるところに著者の明晰を感じる。
第二章は24冊。その1冊に、江原恵『家庭料理をおいしくしたい』がある。この本では、江原恵は舌鋒鋭く栄養士や栄養学を批判している。見出しにも「栄養士制度が広めた「栄養食餌学」」「調理のできない栄養士は「非科学的」である」といったぐあいだ。たぶん栄養士の方なら気分を害するだろうと思われる表現が少ないのだが、著者は江原の文章を引用したのち、こう書く。
「一般家庭の台所で一番だし・二番だしをとるマネなどする必然性がないにもかかわらず、大学の調理実習では料理屋特有の包丁風俗を料理の基本として教えており、そうした従来のだしのとり方の固定観念を打ち砕きたかったからでした」
「本書は、権威の高みから送られてくる情報をそのまま無批判に受け入れる栄養士養成系大学での調理実習への批判となっています。私は、家庭の台所に直結しないままのプロのエピゴーネンたる栄養士が養成されていくことへの問題提起としてとらえました。/今後の栄養士教育の方向を検討していくうえで、議論の素材をたくさん含んでいる一冊といえます」
論点をキチンと把握する。本を読む姿勢や読み方と評価の仕方が、いちいち勉強になる。そう、本著は、本の読み方や評の仕方について、じつに多くのものを教えてくれる。書評の書き方や読み方のオベンキョウにもなる。
第二章の「視野を広げ教養を深める本」について、「ここでの教養とは、食の問題を含めた多様な状況に、自分自身の知識や判断力で対応でき、自由なものの見方ができることだと私は考えます」と著者は述べる。何についても、自分の考えと根拠が明快であり、先入観念にしばられることなく自由、そして責任ある発言をする。
この二章に、岡崎武志『ベストセラーだっておもしろい』や岡田斗司夫『いつまでもデブと思うなよ』があって、最初は意外で驚いたが、読んで納得。岡崎さんの本から述べたあと、「ワインと似ています。時間を置けば味わい深くなる、そんな本探しの新たな楽しみを教えてくれる読書指南書です」と結ぶ。
第三章は、「栄養士が登場したり、食を題材としたりしている小説や文芸書を紹介しています。毎日の生活や仕事でつらいことや悲しいことがあったとき、登場人物の言動に励まされます」。毎日の生活や仕事でつらいことや悲しいことがあるのは、栄養士にかぎらない。この章は働き食べ生きる人びとへの、著者の愛にあふれたメッセージでもある。
石田千『月と菓子とパン』について、こう結ばれている。「栄養士はカロリー計算だけが得意と揶揄(やゆ)する人もいます。栄養士の作る献立は栄養的に満たされてもおいしくないという批判もあります。これらの批判が的を射ているかどうかは別として、栄養士は食べ物を通して食べる人や作る人の暮らしまで見る力が要求されると思うのです。この本は、食べることが人びとの生活に根ざしているという視点を改めて気づかせてくれる好エッセイだといえます」
この章は23冊。なかでも吉村昭『漂流』の結びは、著者自身と本書を語っているように思った。「本書は、生きることを決してあきらめない強靭(きょうじん)な精神力と知性の大切さを読者に届けてくれる名作だと思います」
ってえことで、第二章に拙著『大衆食堂パラダイス!』が載っている。「著者は、通称「エンテツ」「大衆食堂の詩人」といわれる、一風変わった人物です」その変わりぶりを、揶揄することなく、「とはいえ、ただの酔っ払いが書いた本ではありません」とあたたく受け入れてくれる。「読みどころがたくさんあります」「著者の、その幅広い読書領域と教養にも脱帽しないではいられません」と。いやあ、明晰な著者にこういわれると…、やっぱりうれしい。デレデレ鼻の下が長くなりそうだ。
じつは、河合知子さんのことは、だいぶ前から、ブログを拝見して知っていた。食育が問題や話題になって、おれは食育基本法について孤独な批判をしていたころ、栄養士なら声を揃えて「食育万歳」を叫んでいたのだが、河合さんは違ったのだ。
そのことも含め、去る11月28日、河合さんは、このようにツイートされている。
↓食育基本法の制定以前から「食育」のあやしさを指摘されていたエンテツ氏の存在が、拙書『問われる食育と栄養士』(筑波書房、2006年)執筆の力になった。こんな本の著者。エンテツ初心者はまず新刊『大衆めし 激動の戦後史』からおススメ。→ pic.twitter.com/S5TyLjUzEx
— 河合知子 (@kawaitomoko54) 2013, 11月 29
『食の本棚』は、幻冬舎ルネッサンス新書から、10月25日の発売。拙著『大衆めし 激動の戦後史』は、10月10日の発売だった。
河合知子さんの、
サイト「KS企画のホームページ」
http://www2.plala.or.jp/kskikaku/
北海道発・生活問題を考えるブログ
家政学・生活科学を学んだ立場から、最近の生活問題について本気で考えていきます。
http://ameblo.jp/kskikaku
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