「幻の奇書」といわれる『ぶっかけめしの悦楽』(四谷ラウンド、1999年)のWeb公開を始めた。
きのう、第2章までアップした。古いスキャナとソフトなので、けっこう手間がかかるが、なるべくはやく作業を完了させたい。
こちら…クリック地獄
昨年10月発売の『大衆めし 激動の戦後史』(ちくま新書)は、おれの本としては順調に売れているようだが、この本は、内容的には、『大衆食堂の研究』や『大衆食堂パラダイス!』より、『ぶっかけめしの悦楽』や、それに大幅加筆した『汁かけめし快食學』との関係が深い。
というのも、『ぶっかけめしの悦楽』と『汁かけめし快食學』は、『大衆めし 激動の戦後史』にも書いた江原恵さんの『庖丁文化論』や「生活料理」に関する著述を、汁かけめしとカレーライスに落とし込んで書いてみようと意図したものだからだ。
どこかに書いたと思うが、そもそもおれがこういう本を書くキッカケは、『大衆めし 激動の戦後史』に書いたように江原さんと生活料理研究所を開設し、その一環で、江原さんの『カレーライスの話』(三一新書、1983年)をプロデュースしたからで、1991年ごろだったかな?編集さんから、内容が一部古くなったので改訂版を出したいのだが、こんどは江原さんを監修にして、おれに書いてもらえないかという話しがあったからだ。
それは当初「汁かけめしとカレーライス」という感じで構想されていたが、その間に、おれが気になっている大衆食堂の話を編集さんにしたことから、編集さんが興味を持ち、そちらを先にしようということになった。それで生まれたのが『大衆食堂の研究』(三一書房、1995年)だった。
その後「汁かけめしとカレーライス」の原稿を仕上げ、初校が出るころになって、版元で「お家騒動」が勃発、宙に浮いてしまった。それを『ぶっかけめしの悦楽』として出版にこぎつけてくれたのが、四谷ラウンドの田中清行さんとフリー編集者の堀内恭さんだった。
とにかく、『大衆めし 激動の戦後史』は、どちらも絶版の『ぶっかけめしの悦楽』『汁かけめし快食學』と、内容的に深い関係にある。
今回、Webで公開しようと思ったのは、『ラーメンと愛国』『フード左翼とフード右翼』の速水健朗さんとトークをやることになって、そこで速水さんから、『ぶっかけめしの悦楽』からヒントを得たこと、「カレーライスは日本の汁かけご飯の延長として考えるべき」という論が展開してあり自分の中でパラダイムシフトが起こった、『ラーメンと愛国』を書く際に参考にした、などの話があって、おれも当ブログで紹介したし、ツイッターなどで知った方から、どのていど本気かはわからないが「読んでみたい」といわれる機会が増えたからだ。
それと、先日、2014/06/18「「とんちゃん日記」の『大衆食堂パラダイス!』『大衆食堂の研究』の紹介に、おどろきうれし緊張した。」に書いたように、いまでも『大衆食堂の研究』を新鮮に読んでくださり、Webに公開してあるHTML版を紹介してくれる方がいるからだ。
Webに載せておけば、読んでくれるひともいるだろう。『ぶっかけめしの悦楽』は、いまでも、いや、いまだから、ますますおもしろい。
「ニッポン人なら、忘れるな!深く食べろ!」「味噌汁ぶっかけめしから/丼物・カレーライスまで、/戦国期に始まる痛快味のドラマ。時代が動くとき、/汁かけめしを食いながら上昇する/アクティブな民衆がいた。/そしていま時代が動くとき、/かけめし再発見」と、腰巻にある。
『ぶっかけめしの悦楽』は1999年11月の発売。東陽片岡さんの表紙イラストがはまりすぎで、異臭フンプン、女性は手が出せない、なーんていわれたが、おれは2001年2月に始めた「ザ大衆食」のサイトに、こんなことを書いている。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/siryo/bukkakemeshi_etsuraku.htm
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うん、たしかにクサイ本だ。東陽片岡さんの表紙もクサイが、中身もすごくクサイぞ。だが大衆というのは、生なましくて猥雑でクサイのだ。アジもサンマもサバもクサイし、納豆だって焼酎だってクサイぞ。もちろんおれだってクサイぞ。ま、バターだって、ワインだってクサイのだが。
とにかく、だから、大衆食の本はクサイのが自然なのだ。いろいろ知的な方面からは絶賛をあびて、椎名誠さんが『本の雑誌』で“異端の傑作本”と評したり、『読売新聞』からは“「うまいものは、うまい」という、今どきのグルメが持たないまっとうな「思想」がある”というお言葉をいただいたり、こういう本とは関係なさそうな『日経ビジネス』も“日本の食文化の特徴をとらえた会心作だ”ときたもんだ。北海道新聞、西日本新聞、週刊文春、日刊ゲンダイ、サライからエロ本といわれるレモンクラブなどなどなど、ドえらく話題がはずんだ。
しかし、ちかごろの焼酎クサイ大衆は本を読まないし、本を読む大衆は歯の浮くようなキレイゴトが好きでクサイと逃げるし。アハハハ、「下品だ」と怒ったひともいるな。ブッ、屁一発かけちゃお。
明治以後の高尚趣味の文化のなかで卑下され失われた食文化の歴史を発掘し、その流れにカレーライスと丼物を位置づけた名著である、とでも評価してほしいなあ。
いろいろ話題になったが、そのわりには売れなかったことでも有名。→→→絶賛の紹介書評集
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あははははは、愉快、ユカイ。で、絶賛の紹介書評集のページでは、こんなことを書いている。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/gebukkake.htm
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『ぶっかけめしの悦楽』は、発売以来、新聞や雑誌でけっこう話題になった。しかし、そのわりには売れんぞ。ま、みんな貧乏人だからしかたないか。
明治以後の「高尚趣味」の偏見と横暴のなかで失われた汁かけめしの歴史を発掘し、その流れにカレーライスを位置づけた。料理とは何か、料理の歴史とは何かの、本質にふれることがふんだんに下品にのべられている。
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「上品」になろうなんていう「向上心」は皆無なおれ、下品に開き直っている。キレイゴトとは寝ない、うっかり読むとケガをする下品さ。がはははは。『大衆めし 激動の戦後史』は、これまでのおれの本にはないほど女性読者がいるのだが、どうか女性読者も恐れず、『ぶっかけめしの悦楽』をごらんになっていただきたい。いや、うわべだけの連中が恐れるだけですから。
この書評や紹介を、あらためて読むと、この本は、まさにいまの本だなあと思う評がある。読売新聞の「記者が読む」欄の「酊」さんという評者は、知るひとぞ知る方で、めったにほめないそうなのだが。ここにも転載しておこう。料理と思想、「排除」や「差別」は、ますますコンニチ的課題だ。
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読売新聞 1999年11月21日 記者が選ぶ
海苔(のり)をモンゴルで食べて「黒い紙なんか食うな。山羊(やぎ)じゃないんだ」と諭された。ドミニカでカップラーメンを食ったら「スプーンを使わないのは下品」と、たしなめられた。"カルチャー食(ショック)"は、しかし国内でも体験する。新婚時代、みそ汁を飯にかけたら蔑(さげす)みの視線に遭い、深く傷ついたものだ。<ニッポン人なら、忘れるな! 深く食べろ!>という帯の惹句(じゃっく)に、積年の恨みを晴らせそうだと直感した。<熱く、かけめしを思いおこそう>で始まる奇書のテーマは、<インドを御本家とする疑惑にみちたカレーライス伝来説>を根底から覆すことにある。成否は読者の評価に俟(ま)つとして「うまいものは、うまい」という、今どきのグルメが持たないまっとうな「思想」がある。飯に汁をかけて食う行為が、異なる者に対する「排除」や「差別」と対極にあることにまで思い至った。留飲が下がったので今回はチト褒めすぎたか。(酊)
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