台湾にもある大衆食堂パラダイス。光瀬憲子『台湾一周!安旨食堂の旅』は快著だ!
去る6月15日発行の『台湾一周!安旨食堂の旅』(光瀬憲子著、双葉文庫)は、発行日頃いただいたものだ。
どうも紹介が遅れて、すみません。近頃悪いクセで、「飲食店ガイド」らしいと見ると、しばらく手が出ないで机の上に置いてあったのだが、読み始めてみたら、おれのトキメキ盛り上がりは尋常じゃない、なんて視線も文章も軽やかな(それは思考の軽やかさでもあるが)、いい本だろうと思うのだった。
著者のプロフィールには、「1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中翻訳家、通訳者。米国ウエスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナーニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。台湾とは無縁の生活を送っていたが、2007年に再訪し、魅力を再認識。以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している」
ご本人も「フットワークのよい人生」を送ってきたようだが、この本の旅も飲食もフットーワークがよく、その旅と飲食の心地よさが、かまえるところのない著者の視線と文章から伝わってくる。
おれは1980年代に、台湾へは観光で1度と仕事で2度ほど行って、もうたいがい記憶も失われてしまったが、とにかく台湾の飲食は、うまくて安くて楽しかった。
本書は、第一章 台北・基隆、第二章 新竹・北埔、第三章 鹿港・彰化・西螺・嘉義、第四章 台南、第五章 高雄、第6章 台東・花蓮・宜蘭・礁渓温泉、と東西南北を網羅し、番外編 台湾「大衆酒場」入門、まである。
タイトルのように舞台は大衆的な安旨食堂で、台湾は日本の九州と同じくらいの面積だが、料理や食べ物の種類は、とても多い。そうそう、トツジョ思い出したが、かつて台湾でお世話になった通訳の湯(トウ)さんは、おれと同じくらいの齢で、日本の大学を出ていたのだけど、「日本より種類が多いかも知れない」といっていたな。それは、著者も書いているように「台湾は小さな島の面積からは想像もつかないほど、地形も文化も変化に富んでいるから」だろう。
今年の2月ごろ、瀬尾幸子さんとおれの共著『みんなの大衆めし』が台湾で翻訳版が出たのだが、そのとき「なぜ、いま台湾で翻訳本を?」と聞いたら、いま台湾では日本の大衆食堂や大衆酒場のような大衆めしが人気なのだとか。
本書にも、「名物」といってもよい屋台や夜市や朝市から市場の食堂まで、どっさり載っている。写真も、うまそう。それに量も、大衆的だ。
「うれしなつかし、カレー焼きそば」は、「古都」といってよいだろう、基隆が舞台だ。「こちらは夜市ではなく、ふつうの商店街といった風情で、文房具店や衣料品店など、基隆らしい古びた店が並んでいる。ほどほどに密度が高くて、ほどほどにおしゃれだけど、今ひとつ残念なセンス。基隆はそんな雰囲気をもつ中途はんぱな街だ」
「2階のベランダの格子と薄緑色の窓枠が日本時代を連想させる」建物があった。小さな焼きそばの看板、閑散とした通りに、そこだけ異様な人だかり。そこで著者は、わかりやく書けば「ミックスカレー焼きそば」を注文する。
「待つこと10分で運ばれてきたカレー焼きそばは想像以上にデカイ。75元という値段のわりにはデカ過ぎるのではないか? 日本だったら「2人分です」と言われそうな量である。具の種類がまたすごい。「ある材料を全部入れてみました」と言わんばかりである。目に見えるだけでも、薄切り豚肉、豚レバー、竹輪、エビ、イカ、肉団子、アサリ、タマネギ、レタス、セロリ……。何の脈絡もない。麺はうどん並みに太い」
そのカレー味は、「なつかしのカレー味だ。甘みが強く、カレー粉の香りがプンプンする」「日本のカレーはここ数10年でとても美味しくなったと思う」「でも、台湾のカレーは戦後ずっと変わっていないのでは? と思えるような、野暮ったいが、やさしい味だ。二口、三口と食べるうち、私はすっかりカレー焼きそばの虜になった。カレーライスではなく、焼きそばなところも気に入った」。
率直で自由自在な著者の視線と言葉は、こう結ぶ。「近所にあったら、週に一度は食べにくるだろな。そう考えてから、いや、基隆の曇り空や古びたアパートの壁の色こそが、このノスタルジックなカレー焼きそばの調味料なんだ、そう思いあらためた」
著者は、ごく自然に、ところどころで、重くもなく軽くもなく軽やかに、台湾の複雑な国際的な位置についても、ふれている。北京語と台湾語について。屋台の家族の話し、屋台は貧しい商売と見られるが、子供たちをアメリカに留学させたり、カナダへ移民させたりする、そこにある生活。など。日本も無関係ではない。
さて、どう台湾を楽しむか。
とくに洗練された文章でもないし、ありがちな、おもしろおかしくうまそうに読ませようとか、通ぶった知識や「心の糧」になるような話とかでもない、だけど、不思議な魅力がある本なのだ。それは台湾と台湾の魅力を再認識した著者の魅力によるものなのだろう。
そうそう、この本の魅力が気になって考えていて、カンジンなことを書くのを忘れていた。もう書くのがメンドウになったから、簡単にしよう。63ページあたりには、「下町の大衆食堂パラダイス、シニアが殺到」というのもあるのだ。日本のどこかの大衆食堂に似ているぞ。
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