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2015/07/21

大衆食堂の常連 タクシードライバー。

きのう書いた「2:6:2」論は、仕事に関する「能力」のことで、人間や人格に関わることではない。ところが、人権思想が定着しているとはいいがたい日本では、仕事がすべて、仕事で人間や人格の評価まで決まってしまう。職業や仕事の優劣は、そのまま人間の優劣にスライドされる。

いったん優れた仕事の評価が下されると、どんなに人間としてダメでも、選良の仲間入りだ。そして、公的な組織のエライひとにまでなることもある。エライひとになって、ダメなボロが出て辞めるひともいる。それでも、一度得た選良の位置は、よほどのことがない限り続く。

逆もある。

大衆食堂の常連には、タクシードライバーが多かった。いまでも多いのではないかと思う。かつては、もっと多かった。駐車禁止道路がいまほど拡大するまでは、かなり多くて、1990年代後半のテレビでは、タクシードライバーがオススメの店といったB級グルメ的番組もあったと記憶している。

しだいに駐車禁止の取締が厳しくなり、煽りをくらって閉店した大衆食堂もあるぐらい、タクシードライバーは大衆食堂のいいお客さんだった。大衆食堂で知りあったタクシードライバーもいる。

いま「タクシードライバー」という書き方をしているが、かつては「ドライバー」ではなく「運転手」が一般的だった。愛をこめて「運ちゃん」と呼ぶひともいたが、それは蔑視というひともいた。いつごろか、「雲助」と呼ぶひともいた。これは、江戸時代の駕籠かきの蔑称を当てたものだろう。

競馬場の「馬丁」に対して「厩務員」という呼び方が一般化するのは、70年代だったように思う。おれが、中央競馬会の広報の仕事に関わった70年代後半は、ときどき「馬丁」と呼ぶひとがいたが、競馬は公共事業だったから、その職務の名称を変えることで普及した。

「タクシードライバー」のほうは、もしかすると映画の影響もあるかもしれない。だとしても、「タクシー近代化センター」も無関係ではないだろう。いまネットで調べたら、タクシー近代化センターの設立は69年12月、映画は1976年だ。

タクシー近代化センター設立の背景は、梁石日さんの『タクシードライバー日誌』に詳しい。「近代化」を掲げたのだから、非近代的な実態があったわけだ。しかし、例によって、運輸官僚と経営者団体の合作で、その実態が生まれた源の解決ではなく、たいがいの非をドライバー個人の責任にし、「適正」な指導を行おうという、きわめて非近代的な構造を持っていた。

とにかく、「運転手」を「ドライバー」と呼ぶようになったところで、非近代的な構造が変わったわけでもなく、それはタクシー業界だけの問題でもなく、職業の優劣観や偏見は根強く残っている。労働や仕事、それに人権に関わる非近代的思想は、あいかわらずなのだ。

「タクシー会社」に「就職」しても実態は、実質的オール歩合制の賃金体系で自営業に近い、そして、これだけがすごく近代のタコメーターによる徹底した管理。今様奴隷労働のようなアンバイだ。

『タクシードライバー日誌』は、「およそ現代社会に生活するものにとって、タクシーを利用しないものは一人もいないといっても過言ではあるまい。それは他産業と密接な相関関係にあり、いわば縁の下の力である。そのタクシーが不当に差別されているのだ」と告発する。

まるで、「東京」と東京低地や常磐線地域との関係みたいだ。しかし、人権思想が確立していないこともあって、「相関関係」を機能的に位置づける考え方はヨワイ。「相関関係」は、上下優劣の、非近代的な秩序観と構造のなかに解消されてしまう。

話しは変わるが、『タクシードライバー日誌』を読んで、タクシードライバーの仕事というのは、ほぼ100パーセント「属人的」なのだと気づかされた。

属人性の高い仕事といえば、「職人」や「文化人」や「芸術家」などと敬われるはずだが、そうならない。このへんは、職業の優劣観のほかに、需給構造の関係もあって、かつて1950年代ぐらいまでは運転免許証を持っているひとが少なく、タクシードライバーは、技術者であり職人仕事として認められていたらしい。

とにかく、この仕事は、決まった時間に営業所を出ると、どこを走り、どこでどう客を拾うかは運転手の判断しだいだ。さらに、客の行き先しだいで走行経路は変わり、行きついた先が新たな出発点になる。

配送などの仕事とちがい、経路や終点を計画することはできない。キャンバスに、あてのない線をひくように動き、事故を起こさないよう運転に注意を払い、機嫌を損ねないよう客を扱い、かつ一定程度の営業成績をあげ、生活に足る収入を手にする絵を描かなくてはならないのだ。それは、1ミリの狂いのない仕事をするより、難しいかもしれない。

会社の経営者は賃金体系をあやつり、生活できる絵を簡単には描かせてくれない。ところが、なかには、毎月とんでもない営業成績をあげるドライバーもいる。もう神業だ。ごく少数のようだが、属人性の高い仕事だけに、うまく稼いで自由を楽しんで生きるひともいるらしい。危険なスピードと背中合わせだが。

「タクシー運転手には一匹狼的なものが多かった。非常に個性的で我の強いツッパリ屋が多いのである。社会的におとしめられているその分だけ、ツッパって生きているのだ」

おれの知り合いのドライバーにも、このタイプがいる。人生、なにかの拍子に、つまずく、つまずいて転がり始める、すると、いまの日本では再起のキッカケは難しく、下でパックリ口を開けている奴隷労働のような現場に転がり落ちる構造がある。ツッパって生きているいるうちは、まだよいほうだ。おとしめられた立場が身にしみるにしたがい、酒におぼれたり…。

早朝からやっている大衆食堂へ行くと、24時間勤務が開けたドライバーとあうことが、けっこうあった。

かっこいいファッションを身につけるように「インフラ」「ロジスティクス」などと、言葉やシステムは近代化されても、大衆食堂からは、世間のうすら寒い非近代的な頭の中が見えることが、けっこうある。

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