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2015/08/28

カット野菜、惣菜、無洗米。

最近、よく利用しているスーパーのカット野菜売場が、倍以上になった。といっても、90センチケースの2段だったのが全5段になったにすぎないから、売場全体から見たら、たいした比率ではない。でもこれは、かなり大きな変化だと思う。

カット野菜は、「サラダパック」というべきか、ベビーリーフを何種類か一緒にパックしたものもあって、その組み合わせは種々さまざまだ。「シーザーズサラダセット」なんてのもある。主に業務用に開発したものを一般流通にしたものが多いのかも知れない。同じ棚には、使いきり少量パックのドレッシングの類も、いろいろ並んでいる。

10年ほど前と比べて、スーパーで目立って気になる変化というと、惣菜売場の拡充と、カット野菜の進出、そして、無洗米の陳列の増加だ。

惣菜の拡充では、焼き魚の充実ぶりが新しい、それに、分類上は「一般食品」になるが、パッケージされ冷蔵流通の惣菜類がある。セブンで「金のナントカ」というシリーズのように包装されたもの。

20年前ぐらいは、まだ「近ごろの若い女は、米を「研ぐ」といわないで「洗う」という、バカか」などと、かっこうつけていたオトナたちがいた。その頃すでに、米はサッと洗う程度でよいぐらいに精米されていたのだが、料理や食事のしたくを「女の精神修行」みたいに考え、丁寧に手間をかけるのが愛情だとか思っている、とくに男のオトナたちには理解できないことだった。

それが、洗うことすら必要なくなったのだ。

惣菜は、もう日常に、しっかり根を張っている。というか、これ、江戸時代から、煮豆や佃煮のように、大都会の庶民のあいだでは根を張っていたのだ。その種類が、どんどん増えているだけ。

カット野菜と無洗米は、新しい。まだ、これから、どんどん浸透しそうだ。この10年間の変化は、これからの10年間に、どうあらわれるだろう。

わが家の場合。

まだ無洗米は、使ったことがない。だけど、よく利用する外食店では、使っている。無洗米は、業務用から普及したのだから。

カット野菜は、ほんの少しだが、利用頻度は増えている。試し利用もあるが、たぶん少量の使用ながら定着することになりそう。

惣菜は、週一ぐらいの利用か。ただし、惣菜に分類されてないが、使い方としてはインスタント食品化している刺身がある。納豆も、これに近い。豆腐を奴で食べるなら、どうだ。

惣菜に対して、不安を煽ったり、利用者を怠け者のようにいう、非難の声は大きく減退したと思うが、カット野菜や無洗米については、例によって、「危険性」を持ち出す声がある。

カット野菜についていえば、「生野菜・サラダ信仰」のようなものが根底にあるようで、これも、危険性と同じぐらい根拠が薄弱のように思われる。

レンジがあれば、キャベツだって、タマネギだって、ジャガイモ、サツマイモ、カボチャ、たいがいのものはチンして、「温サラダ」になるのだから、あえて生野菜にこだわる必要はないように思うが、いわゆるビタミンCとかいうものを破壊したくないとかなんだろうか。それは、危険性の指摘と、おなじ思考じゃないのかな。

ともあれ、この三種は、これから10年の変化を示唆しているようで、気になるのだ。10年後なんか、生きているかどうかわからないし、日本がヨタヨタしている確率のほうが高そうだから、たいして気にしていないのだが。

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