ますます浮世離れ、秩父の山奥で、飲み過ごす。


先週の11日火曜日から13日木曜日まで、毎夏恒例、秩父の山奥へ行って来た。「お盆休み」というには、13日に帰って来てしまうし、仏様を拝むこともせず、ひたすらビールを飲んでいるだけなのだが。
行くたびに、「終末」に近づいている山間の様子や年寄りの話を聞いていると、都会と地続きには思えない、異次元の世界だ。
近年は、人間どもより動物たちとの生存競争が激しく、知恵比べをやりながら、生産し収穫し生き抜いている状態が続いているようだ。
イノシシやクマは駆除効果があったのか、それともほかに理由があるのか減少し、シカが増えているそうだ。シカは、たえず家のまわりまでウロウロし、ついこのあいだは激しい雷に怯え、母屋の隣の小屋に逃げ込んできたとか。とはいえ、カワイイやつらではない。畑のものだけではなく、人間の食料でもある、野生の草や実も食べる。
おだやかな風景の山間で、見た目ではわからない、人間と動物たちが奪い合いながら、厳しい生存をしている。
隣接の県の集落では10戸あったところが、この10年間に2戸になってしまったとか、聞く話は「終末」というより「末世」という感じが多いのだが、なぜか笑うしかない滑稽とも思える営みが続いているのだ。都会のクソマジメなど、じつにバカバカしく思えてくる。
都会では、「人口減」なるものが諸悪の根源のように悲観的に語られることが多いが、それはチョイとちがうんではないかなと思ったり、ふだん「東京圏」にいるときとはちがう見方が、いろいろ浮かんでくる。なかなか刺激的だ。
帰って、しばらくは、いまもだが、この世ではないところで新たな見方を得た気分で、ツイッターなど、あまりにもギャップが激しすぎて、見るのも疎ましい。よくまあ、あんなもので、クソマジメに情報収集だの拡散だのとやっているものだ、まさにバーチャルだなあ、と思ったり。
最近は、年寄りはクルマを運転しなくなって、おれも年寄りで免許はないし、誰もクルマを運転できないから、町までクルマで30分ほどかかる買物は、ままならない。どういうことになるのだろうなあと思っていたが、それなりに「活路」はあるものだということがわかった。
けっきょく、人間にとっては、医療が最大の問題として残りそうだ。医療の保障さえあれば、誰でもどこでも、それなりに自立的に生きられる可能性はあるだろう。
とにかく、よく飲んで、よく食べた。今回は、「つつっこ」を、葉をとるところから煮あげるまで全工程を実習したので、とりあえず「伝承」はされたといえるか。

例年に比べ、雷雨が続いたあとだったので、家の前の川の水量は豊富で、堰堤の滝の音が鳴り響いていた。滝の上のクルミの木が実をつけていた、もう秋だ、今年は、あと4カ月ほどしかない。

13日に帰り、15日の土曜日は午後から、イノセさんから誘いがあった、見沼田んぼ福祉農園の合宿に参加した。大学生たちと、刺激的で楽しいひととき。福島で調査研究中のイシイさんとも1年半ぶりぐらいの再会。いい話を聞けた。その件はまた。

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それゆけ30~50点人生。
