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2015/11/13

悩ましい味覚、麺の湯切り。

ときどき利用する中華のチェーン店でのこと。

頼んだラーメンが出てきたのを見たとき、どうもいつもと違う感じがした。違和感を持ちながら見つめると、スープ面の景色が、いつも見慣れているものと違うのだ。

トッピングは、いつものように配置されているが、真ん中へんの麺のあたりが、スープの景色のなかに溶け込んでいない。麺のカタマリがどんぶりのなかの島のように見え、そこだけスープの色とはちがう。つまり中央部がスープ色を排除し、透明感のある白っぽい色のカタマリに見えたのだ。

もしかして、これは、麺から何か滲み出ているのではないだろうかと考えながら、まずは麺を箸で持ち上げ口に入れて、スグわかった。湯切りが悪いのだ。しかも、いつもより微妙に茹ですぎたのか、湯切りが悪いせいか、麺の感触が、のび加減のそれのように少し、ヌルッ、ボテッ、としている。

この店は、少し前に店長クラスの料理人が変わったばかりだった。そのせいか。しかし、チェーン店が、それぐらいで味が変わることはないだろう。とか、考えながら食べているうちに、しだいに、この味覚が、なんだか懐かしい気分になった。

ツルツル、スルスルとすすりこむのではなく、ズルズル、ズボズボと食べているうち、そういえば昔のラーメンは、こういう感じのものが多かったなあと思いだした。湯切りが悪く、麺とスープの関係が、なんとなくスッキシしないでドロッとしている。アンカケほどではないが。

昔のラーメンは、麺のヌルッボテッのなかに、シッカリ、かん水の味がした。それ丸ごとラーメンの味だった。おお、懐かしい、この野暮な味こそラーメンではないか。

ま、昔は、ラーメンの湯切りをするのに、大きく手を振るような黒い衣装の「職人」などはいなかったし。ラーメンはポエムじゃなかったしな。

おれは夢中になって食べ、食べ終わるころになり、これはこれで、いいよ、うん。しかし、おれもずいぶんキチンと湯切りした味に飼いならされたものだと思った。

そして、今日、また再びを期待して行ってみると、やはりキチンと湯切りされた、いつものマニュアル通りです、という感じのラーメンが出てきた。おれは、このあいだのラーメンを食べたいと思ったが、どうすることもできない。あの野暮な味に比べると、どうにも食べごたえのないラーメンだった。

もしかすると、いまの時代、「スッキリ」だの「サッパリ」だのが、雑みがなく品がよいだのといわれ、そういう教条的な脳ミソの舌になってしまい、じつは、じつに薄っぺらな味覚で薄っぺらなものを食べてよろこんでいるのではないかという疑惑が湧いてきたのだった。

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