彼は毎日弁当を作る。
たいがいの雑誌は「読者層」「読者対象」なるものを持っている。マーケティング的には「ターゲット」といわれたりするやつだ。それは、まず年齢層、場合によっては男や女、それからライフスタイルや生活意識や趣味や興味を表すような言葉を持って語られる。
さらに、現在の読者層は「中高年」であるけれど、これからは「30・40代」を対象にしていきたいという期待を持って語られることもある。もちろん年齢層をしぼらないものもある。
これらのおおよそは、インターネットで検索すれば、各種の広告媒体資料のなかに概略の判断がつくていどには盛り込まれている。
おれのようなフリーライターは、編集者から知らされ、それら読者対象をアタマに入れて書かなくてはならない。ときには、原稿依頼の企画書に、企画意図とともに読者層や読者対象の説明などがある。
おれのばあい、そういうことを無視して書くことが多い。すると、それがかえってよい時もあるし、編集者から直しの指示があることも、けっこう少なくない。
そこから先は、直しの指示の内容しだいになるけれど、編集者としては、編集サイドの意向を理解するか汲んで、すみやかにコトがはこばれるライターのほうが、「使いやすい」のは当然だろう。
それはともかく、こういうことは、雑誌にかぎらない。だけど、雑誌は、けっこう高くつくものなのだ。それは、あまり問題にされないが構造的なこともからむ。
読者は、経費で落ちるのでなければ、ある種の金銭的な余裕がなければ買えない。経費で落とせる、ある種の金銭的な余裕、読者層の中心は、そこに落ち着く。
「格差社会」においては、それ以外のひとが、たぶん多いはずだが、読者層として視野に入れてないか、重要視されない位置になる。あらかじめ見えざる見ざるものたちがいる。
いま年収300万円以下のひと(ということは可処分所得は200万円台か、それ以下になる)に、雑誌に限らずモノを売るのは、けっこう大変だと思う。それは買う側の大変さでもある。その大変さを知ってか知らずか、年収300万円以下のひとを対象にイイモノを売るようなハッタリをかます人たちもいるけど、実際は簡単ではない。
もっとも、独身であるかどうか、親元で暮らしているかどうかでもだいぶ違う。
独身で、独立しているとなると、なかなか大変だ。
彼は、25歳位だろう。世間的には、一流企業、有名企業、業界でも大手の大会社に勤める技術職だ。長時間労働で残業も多いし、同年代の平均年収を上回っているはずだ。
ひとり暮らしをしているのだが、毎日、弁当を作って会社へ行く。しかし、仕事が忙しく、毎日朝早く出かけ、帰りは夜遅い。それでも弁当を持っていくのは、経済的な必要からだ。
彼は、どうしているかというと、休みの日に、1週間分の弁当を作るのだ。
めしもおかずも小分けにしてラップに包み、冷凍庫に入れておく。毎朝の弁当を作る作業は、冷凍庫から小分けの何袋かをタッパーに入れるだけ。それを持って出勤する。昼には、まだ凍っているそれを、タッパーに入ったまま会社の電子レンジで解凍し、食べる。
彼は、休みの日には、1週間分の弁当を作りながら酒を飲むのが楽しみだ。
酒は嫌いではない。だから同僚たちと飲む酒代を確保するためにも、弁当を作る。
彼女がいるらしい。たぶん結婚資金のこともあるのだろう。
彼がどんな雑誌を読んでいるか、まだ知らない。だけど、雑誌に載る話や、どんなに上手で賢そうな文章より、彼の生活の断片的な話の方が、おれを楽しくうきうきさせてくれる。
おれも、酒を飲みながら自宅で食べる1週間分のおかずを作ってみようかな。
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