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2016/06/13

「かき箸」のこと。

2016/06/10「農水省は食生活に口をはさむよりやることがあるとおもう。」に書いた、「人前では恥ずかしい『きらい箸』に気をつけて」だが、その記述によれば、「きらい箸」というのは「伝統的なマナー」ということになっているらしい。

この伝統が、いったいどのように伝統なのか、そのことはよくよく考えたいが、その一つである「かき箸」について、そこでは、「器の縁に直接口をあて、箸でかき込むこと。むせてしまうことも」とある。

これは、「めし茶碗」の伝統の否定にもなりかねないとおもう。

拙著『汁かけめし快食學』でも、神崎宣武さんの『「うつわ」を食らう 日本人の食事の文化』(NHKブックス)から引用しながら書いているが、神崎さんが「接吻容器」と形容しているように、器の縁に直接口をあて食べるようにつくられてきた。

ようするに、「器の縁に直接口をあて、箸でかき込むこと」は、日本の食事文化であり、その器と共に日本の伝統のはずだ。

調べごとをしていたら、『東京に暮らす』(キャサリン・サムソン著、大久保保美訳、岩波文庫)には、つぎのような文章があった。

「お百姓さんがご飯をかき込む姿は、戸を一杯に開いた納屋に三叉(みつまた)で穀物を押し込む時のようで、大きく開けた口もとに飯茶碗を添えて、箸をせわしく動かしながら音をたててご飯をかき込みます。これがご飯をおいしく食べる唯一の方法なのです。ご飯というのは体中の隙間を埋めつくす位たくさん食べておかないとまたすぐにお腹がすいてしまいます」

こんなぐあいに、ちゃーんと観察しているだけでなく、伝統的なご飯の食事の特徴まで把握している。そして、つぎのように続ける。

「労働者とそれ以外の日本人との間に食べ方の違いはありません。誰でも同じように食べます。その時には、イギリスのポートワイン鑑定人のような非常な集中力が必要とされます。話に気を取られてはいけません」

むせないように食べる気をつけ方までふれている。

「きらい箸」の伝統は、このようにめしをうまく食べてきた伝統と現実を否定する「伝統」であるようだ。しかも、それが、日本人全体の正しいモデルであるかのようにいう。こういうことが、農水省主導の食育のわけだから、日本の米食文化は迷走し低迷するのもトウゼンといえるか。

「上」のほうから聞こえてくる伝統とか歴史というものは、偏っている以前に、実態の全体像が把握されてない。ようするに、学説にもなっていないし、どこかの流派や一派のナゾの教条をかざしているだけなのだ。これでは、話にならない。

「人前では」とかなんとかの前に、もっと自分たちの歴史や伝統を生活の実態から調べ、語るべきだろう。

キャサリン・サムソンはイギリスの外交官夫人として1928年から1939年まで日本に滞在した。夫と離婚し、日本に赴任した夫の友人である外交官を追って日本に来たのだ。すごい女性だ。文章からも、率直でユーモアのある、おもしろい気性を感じる。

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