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2016/07/03

東京新聞「大衆食堂ランチ」44回目、神田・岩本町スタンドそば。

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更新をサボっているうちに、6月が終わり、つまり、今年の半分が終わり、7月になってしまった。

先月の17日は第3金曜日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。すでに東京新聞Webサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016061702000193.html

今回は、思わず肩入れしてしまった感じがある。しかも割りと「俗説」に従って。

前から「東京の味」ってのが気になっていて、このブログでも書いているし、『dancyu』2014年11月号で「東京の味って、どんな味」を、何軒かの店を訪ねて書いている。

で、まあ、この岩本町スタンドそばで、ミニ天丼とたぬきそばのセットを食うと、これは、「純」かどうかはわからないが、関西風とは一線を画した東京の味だと思う。

だけど、その表現が難しい。ほんとうは、「下手味」という言葉を使いたかった。だけど、「下手味」の説明をぬきにこの言葉を使うと誤解されかねない。説明するには文字数が少なすぎる。

それでまあ月並みな俗説を使わせてもらった。

003002でも、俗説だから間違っているということではない。アタリマエすぎるかな、というていどのことだ。しかし、そのアタリマエも、たちまち「古い」と捨てられ、忘れられる。

岩本町スタンドそばの、そばと天丼のツユは濃厚だ。濃く塩辛い。しかも、ミニ天丼セットのそばがたぬきということだから、天かすのコクが出て、「下手味」ってのは、こういうものではないかと思った。

とはいえ、おれが「下手味」を正確に知っているかどうかは、疑わしい。イメージとしてのそれだろうと思う。

先年亡くなった勝見洋一さんが、『B級グルメの基礎知識』(文春文庫ビジュアル版、1989年)に「東京いい店安い店を探す基礎知識」というのを書いている。そこで「天麩羅の旨さは下手味にあり」といっている。

勝見さんは、赤羽から荒川を渡り埼玉県の川口で、「江戸の風土の味」である下手味を食べる。「それにしても、川口の味とは一体何なんだろうと考えた。もともと成金の存在しなかった職人町だ。職人の持つ、他の地域に追い抜かれることに動じない保守性が、昔のままのB級を煮詰まらせてしまったのか。それとももしかしたら」と考える。「味つけが塩っぱい辛いの濃さだけではなく、味わいの濃い味覚こそが東京の味なのだ」

そして、薩長と関西味に蹂躙された東京を、勝見さんは新橋生まれ育ちだからして、感傷的に思いながら「B級グルメとは旨味だけでは語れない東京の傷の味だ。旨くて安ければいいだけの、そんな単純な世界に東京人は生きていない。その意味でもB級グルメは世界中に東京しか存在しない」ともいう。

もうこういうことを書ける東京人はいないのではないか。忘れないようになぞっておこう。

俗説をなぞっておくことは、大事なことを忘れないためにも必要だ。

たとえば、同じ文春文庫ビジュアル版『スーパーガイド 東京B級グルメ』(1986年)では、「丼は東京によく似合う。/ドンブリメシは、乙にすましたものではなくて、威勢のよい“職人の町”だった江戸の気っ風を濃厚に受け継いだ、代表的な食べ物なのである。/天丼は、そのなかの代表選手だ」

“職人の町”は近代には“労働者の町”へ変わっても、その味覚は続いていたのだが、ちょうどこの文春文庫ビジュアル版のB級グルメガイドが出始めたころから、労働者の町の記憶は「消費者の町」に塗り替えられていった。

いまでは、この勝見さんのような感覚で、「東京の味」と「東京の町」をつなげて語る人は、B級グルメ界隈でも、ほとんど見かけない。産業と市場に生きる消費者の感覚が支配的になった。

「岩本町スタンドそば」は、その名前にも「神田」を感じるが、周囲はどんどんビル化するなかで、建物も味覚も、勝見さんが語った「東京」を感じさせてくれる。それで「下手味」という言葉が浮かんだのだった。

岩本町と隣の東神田は、それでも「神田」の雰囲気をよく残していた。ここの商店街では、年に二回だったと思うがバザールがある。界隈は、昔からの繊維や雑貨などの卸商の街で、たいがいビルの中におさまっているが、その日は、通りに出店する。いまおれが使っている「牛革ベルト」はこのバザールで500円ぐらいで買ったものだ。何度か行ったが、いつも大にぎわい。なんとなく、これが「神田」かな、という空気も感じる。とはいえ、最近は、テントの中の店員さんも外国人が増えた。外国人でも、労働者は労働者だ。

岩本町スタンドそばは、濃い味だが、しつこくはない。クセになる味で、ときどき思い出して、秋葉原あたりを通ることがあると降りて、チョイと歩いて寄ってしまう。これが食べたくなるうちは、おれは健康ということかもしれない。

前回は
2016/05/26
東京新聞「大衆食堂ランチ」43回目、北浦和 キムラヤ。

当ブログ関連
2016/06/04
労働者!

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