東京新聞「大衆食堂ランチ」59回目、横浜・埼玉屋食堂(カレーライス)。
毎月第三金曜日連載、東京新聞の『エンテツさんの大衆食堂ランチ』の先月分は9月15日の掲載だった。すでに東京新聞のWebサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017091502000161.html
本文は、この連載のなかでも最も食べ物から離れた内容といえるかも知れない。あるいは、大衆食堂というものを、単純明快に示しているともいえる。
編集さんがつけたタイトルは『安い・うまい・早い』で、やはり、このコラムの性格からすると食べ物でなくてはならないし、それが当然だろう。たいがいの読者は、食堂の紹介というと、食べ物はどうか、という関心の持ち方をする。
それはまあ、食べ物がマズければどうしようもないだろうが、長年土地に根をはった食堂がまずかろうはずはない。ということが一般論としていえる。
そこをさらに「うまさ」の細かな違いなどをチェックするということが、ないわけではないが、それが店の特徴になるとはかぎらない。また、細かくチェックしながら食べ歩き較べる対象にするのは、大衆食堂に対して筋違いという感じもある。
とにかく、店の持つ「物語性」が大きな特徴になることがある、今回はそこを、いままでになくクローズアップした。
店の場所が、三大寄せ場の一つといわれる寿町の近くであること、そういう立地ならではだろう、店内には日本全国ブロックごとの地図が貼ってあり、『久しぶりに故郷に帰ってみたくなりましたか?故郷に印をつけてみよう~』と、フェルトペンがさがっていることなど。大衆食堂のひとつの原風景を見るおもいがした。
本文に書いたように、おれはその写真を撮ってきたので、新聞には載せられなかったが、ここに載せておこう。
それから、横浜にありながら店名に「埼玉」がついている。これは出身地を店名にする、大衆食堂の一つの傾向だったといえるが、店内の地図と合わせて、「地縁」と「ふるさと感」な店だともいえる。そういう意味では、大衆食堂は「保守」なのだ。
そして、お店の方は、あかるくほがらかで、遠く故郷を離れて暮らしている人たちに「ふるさと」のプラスイメージを感じさせてくれるに違いないとおもわれた。
「埼玉屋」や「埼玉家」がつく店は、けっこうある。たいがい飲食関係だ。ション横、東十条、浅草橋の酒場がすぐ思いうかぶ。
山谷には埼玉屋という食堂があった。山谷の埼玉屋は木賃宿の埼玉屋の一角で営業していたのだが、このあたりで最も高いクラスの食堂だった。たしか2000円ぐらいの定食があった。1990年頃だけど。
山谷のドヤ暮らしの職人は、職種によって日当がだいぶ違った。それぞれの収入に応じて食べるものが違うという社会は、山谷にもあてはまるのだ。山谷で2000円の定食が最高クラスだとしたら、いろは商店街の店でトレーに盛っためしに魚の煮たのか焼いたのを一切れのっけてもらった食事で200円から300円だった。
山谷は、すっかり様変わりして、埼玉屋は立派なビルのビジネスホテルになり、いろは商店街にあふれていた職人はわずかになった。
ところで、埼玉屋食堂でカレーライスを頼んだのは、たまたまカレーライスがらみの論考原稿を仕上げたばかりだったからだ。「スパイスカレー」がリードするカレーライスがブームで、この流れはなかなか興味深いのだが、『近頃はカレーがブームだが、話題になるのは1000円以上するスパイシーなカレーばかり』であるからして、昔から大衆食堂の定番だったカレーライスを忘れるんじゃねえよ、カレーライスは大衆食堂から広がったといえるぐらいなんだよ、というココロなのだ。
じつは、埼玉屋食堂は、メニューが豊富で、どれも安くてうまい。いろいろ食べて飲んで、勘定のとき告げられた金額が、想定外に安くて聞き直したほどだった。
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