60回目、東京新聞「大衆食堂ランチ」は葛西・御食事処 関甚。
今月20日は第三金曜日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。
今回は60回目だ。地味に5年がすぎた。5年前、おれはまだ60歳代だったのだな。
葛西の[関甚]を訪ねた。すでに東京新聞のサイトにも掲載になっている。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017102002000219.html
そこに書いたように、葛西は千葉県境の「国境の町」だ。この連載では、すでに千葉県境の常磐線金町のときわ食堂と総武線小岩の三平を訪ねている。
葛西は、おなじ「国境の町」でも、金町や小岩と情緒がちがう。金町や小岩のような猥雑感がない。だだっ広いせいかもしれない。1969年に葛西駅ができ、町が新しく計画的に造られたからかもしれない。
しかし、都心のようにチマチマセカセカした感じがないところは、金町と小岩に共通している。そして、やはり、金町や小岩のように、労働者の呼吸を感じるいい食堂がある。
チマチマしてないといえば、関甚の暖簾と「めし」の看板、なかなかのものだ。
関甚がある道沿いに、もう一軒「大六天」という食堂がある。今風マンションの一階だが、その今風を蹴散らしそうなほどのファサードの力強いi面構えが、なかなかのものだ。
まずは、「大衆食堂」の暖簾が潔く力強い、関甚に入った。
外の手書きサインボードの「キンピラゴボー」という書き方も、チマチマしてなくてイイゼ、だった。
本日の日替わり定食にあった「生サンマのさっぱり煮」というのが、どんなものか想像つかないので頼んでみた。
おばさんが運んできたとき、撮影してよいかときくと、「よい」の返事のあとに、食べにくるたびに写真を撮って家族に送る外国の人がいるんですよ、と言った。撮って、すぐメールで送るらしい、いまこんなものを食べていると。
大衆食堂で働く外国人労働者も増えているが、外国人労働者の客も増えている。大衆食堂の気安さは、外国人労働者にとってもうれしいにちがいない。
今日のチョットした安息の食事があれば、明日も生きられる、希望もつながる。もっとそのことを大切にしたいものだと、「うまいもの話」や「いいもの話」があふれる近ごろ、よく思う。万事、どうでもよいことにうるさく、大切なことには関心をしめさない。
食べていると、いかにもガテン系の仕事をしているらしい体格のいい若い男が2人、馴染み客のようだったが、どちらも2人前ぐらい頼んでいた。ほれぼれする食欲。
「うまいもの話」でも「いいもの話」でもない、この連載、いつまで続くかわからないが、そのうち[大六天]にも行きたい。
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