「高級化」と「大衆化」。
前のエントリーでは、最後のほうで、『美食の文化史』からの引用がある。
「何世紀にもわたって綴られるガストロノミーの連続ドラマの粗筋は、料理上手なおかみさんと、考えるプロの料理人の間の絶えざる闘いだ。この痴話げんかは、よくできた冒険小説と同じく、さんざん仲違いしたあとはめでたく結婚して幕、というわけだ」
これは、日本のばあい、それほどうまくいっているわけではない。というのも、日本では、圧倒的に、支配階級に隷属するプロの料理人が力を持ち、それは残っている文献によくあらわれているが、日本の「料理上手なおかみさん」たちはフランスやイギリスのように料理に関する書き物を残す力もなかった。
そういう意味では、「絶えざる闘い」は、やっと近年になって「日常的」になったといえる。「おかみさん」たちだけに限らず、「料理上手」のシロウトたちは、プロの料理人のご託宣から解放されつつある。そして、プロの料理人がめざす方向は、かつて圧倒的な力を持っていたプロの日本料理・フランス料理・中国料理に縛られない。
その前哨戦とまではいえないかもしれないが、大正期には、飲食店を舞台に、高級化と大衆化が入り乱れた。
明治期には下賤の者には手が届かなかった西洋料理などの高級料理は、大正期に大衆化し普及定着する。いわゆる「洋食」などがそうだ。
一方で、もっぱら屋台営業で普及し下賤の者の食べ物だった、蕎麦や寿しや天ぷらは、大正期には「座敷料理」として高級化し、いつのまにやら「日本料理」の伝統のような顔をするようになった。
生まれたばかりの昭和初期の大衆食堂では、この高級化と大衆化の舞台になった。つまり、「和洋中なんでもあり」のスタイルができあがった。
そこにどのような「絶えざる闘い」あったかは、まだ十分に解明されていないが、昭和初期の文献を見ると、少しは察しがつく。とにかく、サラリーマンを含めた、とくに都市部の新しい民衆である大衆が、その受け皿になって、「高級化」と「大衆化」が進んだ。
昨今、「高級化」と「大衆化」それから「絶えざる闘い」は、新しい段階に入りつつあるようにおもう。
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