「食べる」と「生きる」。
「体育会系」と「文化系」という言い方がある。「体育会」という言い方からすれば、もとは大学のスポーツ系と文化系のサークルの分類からきているのかな。
「体育会系」というと、たいがい「無教養」で「無知性」で「野蛮」で「品がなく」て「思考停止」の「精神主義」の、ようするに「バカ」という感じに使われることが多いようだ。「スポコン」なんていう言葉もある。
対して「文化系」ということらしいのだが、こちらはとても「知的」で「品があり」「教養がある」という感じになっている。
という差別的なイメージのふくらみは、たいがい、かつてのメインカルチャーの活字文化を握ってきた、「文化系」がつくりあげたものだと言っていい。「文化系」は、じつに陰湿なのだ。自分たちの文化的思想的リードのまずさも、誰かのせいにしてしまう。
その陰湿さは、最近の新潮社の『新潮45』問題をめぐる、カタの付け方にもあらわれている。もうカタがついているのかな?
「体育会系」なら、新潮社の社長が出てきて、過ちをおかした普通の会社の社長たちがみっともなくもよくやるように、頭下げるなり土下座するなりして「からだ」で謝罪を表現するところだが、『新潮』に権威ある文学者の「文」をのせてチョンにしようとしているようにみえる。
あわれなのは、権威ある出版社という権力構造に利用されるだけのモノカキ屋、か。
そのモノカキ屋が商売に使う「言葉」。
「体」と「文」をめぐる、差別的な言動や確執、これはどうやら漢字導入後の日本語からきているらしい、とみることができそうだ。
「食べ物と「食べる」と「生きる」は密接で生活の根本なのに、長いあいだ「文」のリーダー格であったらしい文士や作家とか文化人とかは、もっぱら趣味や文学として「食べ物」をあつかってきた。それが、いわゆる近代のオピニオンの風潮であり、一般人のあいだにも広がった。そこで70年代、あえて「生活料理」という造語が生まれた、ということは『大衆めし 激動の戦後史』に書いた。
どんどん「食べる」と「生きる」ぬきの「食べ物(うまい物)」話が広がった。
ところで「文」の人たちは、なぜこうも、「食べる」と「生きる」から離れ、「食べ物」を趣味や文学としてだけあつかうようになったのだろうか。
これは、なかなかおもしろいことだ。
2018/11/03「「文化」と「カルチャー」。」の「カタカナ語の氾濫は日本語批判である」の関連だが。
表意文字の漢語が入って、それまでの和語から生理である「音」が犠牲になった、明治以降その生理的に欠陥のある日本語教育をつづけてきた。ということのようだ。
「そもそも言葉は第一義的には知的なものではなく、多分に生理的なもの」なのだが、ゆがんでしまったのだなあ。そういう言葉で教育されてきた、おれもあんたもあんたも、ゆがんでいるわけだが。「文」屋がエラそうにしているのも、「文」屋をやたらあがめたてまつるのも、そういうゆがみだ。
とくに明治以降の「文」の人たちのあいだでは、「食べる」と「生きる」から「食べ物(それも、とくにうまい物)」を離して語るようになった、それは生活的でも生理的でもなく、とても知的に気取った作業だったのですね。そして、大めしをワッシワッシとかっこむことは、低次元の生理的な食べ方で、品がなく野蛮なことにされた。
とにかく、漢字文化の日本語教育のおかげで、言葉は知的で品がなくてはダメ、ってことになったわけだよ。この抑圧は強いね。おれのように下品で野暮な男は、負けそう。
知的であり品があることが、「文」を通じて、とても大切にされるようになった。肉体労働は見下される。
ところが、1980年代、平成になってから、「食べる」と「生きる」が一緒に大いに語られるようになった。そこには「からだ」や「いのち」という言葉もよく使われている。
それなりの背景があるのだが、それはともかく、「ビーガン」や「ベジ」などの言葉が、普通になってきたのをみるにつけ、カタカナ語の氾濫は、言葉は知的でければならないとして生理としての「音」を犠牲にしてきた漢字文化への「ノー」であるというのは、なんとなく、わかる。
音楽、じゃなく、ミュージックの分野では、ビジネスの分野以上にカタカナ語が多いようだし。
「食べ物」と「食べる」と「生きる」がつながって、生活の中の言葉が豊かになっていくのだろうか。そこに、カタカナ語が、昔からあるふりをしておさまっていくのだろうか。「マカロニサラダ」や「ライス」のように。
「体」と「文」のあいだは、どうなっていくのだろう。
気取るな、力強くめしを食え!ってことですよ。
これ、カタカナ語にすると、どうなるのだろう。
画像は、『太陽』1994年10月号。「作家」たちは、大いに「食べ物」を語ったのだが。
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