平成の食カルチャーと「デフレ」。
きのうは「平成の食文化」と書いてみたが、きょうは「平成の食カルチャー」と書いてみた。
平成の食カルチャーに与えた衝撃つまりインパクトをキーワード的にあげると、きのうの「エコロジー」「ファジー」のほかにいくつかあるが、下半身直撃のインパクトといえば、なんといっても「デフレ」だ。
ってわけで、資料をいろいろ見ていたら、きのう書いたことに関係する話があった。
2000年ごろから、「デフレ時代の生活術」として「「手づくり」ブーム」が注目された。それは、じつは、従来の「手づくり」とはちがうカルチャーを持っていたのだが、いろいろな新しい展開を見せている。たとえばスペクテイター42号「新しい食堂」にも見られるように、シロートが飲食店を開いたり、いろいろな分野に進出しているのだ。
これには、平成の食カルチャーに大きな影響を与えた「インターネット」も関係している。おれがパソコンを買ったのが2000年暮れで、翌年の2月に「ザ大衆食」のサイトを開設したころは、インターネットが急速に拡大していた。ホームページも新しい手づくりメディアであるのだけど、デフレとインターネットと手づくりが交差し、食カルチャーは変容していく。「餃子ブーム」も、その一つだ。
それはとにかく、そのきのう書いたことに関係することだが、2001年ごろの「手づくり」ブームをリードしていた雑誌に、マガジンハウスが発行し「シロートが発信する雑誌」といわれた月刊誌『MUTTS』がある。
その編集長だった秦義一郎さんが、こんなことを言っていた。
以下引用・・・・・・・・・・・
工業社会の時代には、価値の規準は一つ。食でいえば、グルメ評論家の山本益博氏の意見に大勢が追随します。今は、一人一人に固有の規準があって、それはウマイとかマズイではなく、自分の好み。それを自由に料理で表現できるようになっているのです。雑誌で素人が変な料理を披露しても、昔なら無視されるのが、今は1万や2万の賛同者や模倣者がいて、ウマイと言ってくれる。どんなに趣味が悪くても、賛同者はいて、それを認めないといけない時代。一人一人のアイデンティティを認める個人主義が、ようやくこの国にも始まったのかなと思いますね。
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「一人一人のアイデンティティを認める個人主義が、ようやくこの国にも始まったのかな」
そして10数年がすぎた。
『MUTTS』のような、シロートが発信する雑誌など必要ないほどインターネットが普及し、日々、いろいろな「変な料理」がたくさん登場し、たくさん「いいね」がついたりする。飲食店でも、店主の個性や生き方と提供する料理やサービスのギャップが小さくなっている。
一方で、そういう「変」を認めない人たちもいる。なにより飲食店や食べ物選びでは「外れ」をひきたくないという考えも根強い。冒険や失敗を避けたい気持は、デフレで、ますます強まったともいえる。昭和に支配的だった一つの価値観一つの方向を向いて「質」を求めるヒエラルキーの構造は、もはや全体を支配するほどではないが、大勢であって、均質化均一化も進行しているのだ。
個人主義の歴史は浅い。「個性」を認めあうことについては、まだ子供のレベルともいえる。
そのあたりでもみあっている。
当ブログ関連
2015/05/31
1995年、デフレカルチャー、スノビズム。
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