東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」80回目、高円寺・富士川食堂。
先月5月17日に掲載のものだ。すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2019051702000180.html
高円寺は安い大衆的な飲食店が多い街だ。飲食店に限らず、小さな店が共存共栄としのぎの削りあいを生きているようで、いろいろ安く、若い人が暮しやすいとも言われている。だけど、この連載で高円寺の大衆食堂を紹介するのは初めてだ。
昨年、座・高円寺が発行するフリーマガジン「座・高円寺」19号の特集「高円寺定食物語」で文を担当した。取材する食堂の選択やロケハンから関わった。そのときは、富士川食堂は、候補に入っていながら、最終的にはほかの7店が選ばれた。
https://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2018/03/19-cf7a.html
そのあたりはメディアの公共性と個性の打ち出し方のかねあいがある。
この連載の視点である、「食生活の視点」からすれば、富士川食堂は、はずせない。高円寺駅周辺には、ほかにもはずせない食堂があるが、まずは、ここかなという感じだ。すでにメディア露出も多い。
高円寺へ行ったときには、中休みがないという利便性もあって、けっこう利用している。
今回、初めて「盛合わせ天ぷら定食」を食べた。皿に盛られた天ぷらの、上からは見えないが、一番下にサツマイモの天ぷらがあった。偶然一番下になったのかもしれないが、これが、ポテトチップのように薄い、見事な薄さで、しかも、もちろん、ちゃんとサツマイモの味がするわけで、これがあるかないかで「盛合わせの印象」は、ずいぶん変わるような気がした。
それと、ふた切れのキュウリの糠漬けが、いい味だった。
どちらも「小さい」が定食の中に占める役割は、小さくはないと思い、「けっこう薄い小さい「小役」も力を発揮するものだ」と書いた。ところが、新聞社のほうとしては、「小役」は表記にはなく「子役」になるということで、「子役」に変えられた。「子役」じゃなくて「小役」であるところに意味があるのになあと、担当デスクの方とも話したのだが、ま、おれはナニゴトにもこだわらないほうなので、「子役」でヨシとした。
とにかく、とかく、盛合わせ天ぷらのエビやキスあるいはカボチャやナスのような「大物」が耳目を集めやすいが、「盛合わせ」の豊かさは、それだけで語られるものではない。なんだか「社会」や「コミュニティ」と似ている。小さな商店が集まった高円寺の魅力も、似たようなことがいえる。社会は盛合わせなのだ。
この日は、暑くて、食堂のおやじは今日は天ぷらがよく出ると言っていた。おれの隣では、若い、髪の毛のスタイルをなんて呼ぶのか、細かく分けて編んでピンでとめた若者が、ビシッと背筋をのばして食事をしていた。その向こうでは、高齢のおやじがカウンターに両肘をついてだらしなく食っていた。しばらくして若い夫妻が入ってきた。みな馴染み客のようで、食堂のおやじの愛想がよかった。おやじは、腰を痛めていて(この商売の職業病みたいなものだが)、それをかばうように動いていた。
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