学校給食と食文化。
昨日のことから、取材で訪ねた学校の給食の画像があるはずだと探したら、二枚だけ見つかった。
一枚目は2001年11月15日の撮影、2枚目は2003年1月29日の撮影。
昔の画像は、パソコンクラッシュで、失ったものが多いのだが、よく残っていた。
東京都の小中高の授業の取材で、いろいろなところへ行った。校長やいろいろな先生にあった、学校管理の役所と化した教育委員会のエライ人にもあったな。八丈島へも行った。面白かった。
取材の時間によっては、給食をいただくことがあった。
給食をいただかなくても、厨房や少しずつ普及していた「食堂」などを見させてもらうこともあった。これは、取材とは関係なく、「個人的興味」でお願いした。
都区内の学校ほど食堂が整っていた記憶がある。ま、「財政事情」の違いにより、都区内でもいろいろだけど。すごい立派な食堂の小学校もあったなあ。
画像の一枚目は、たぶん、大田区立の小学校だと思う。
すべて校内の厨房で作っていて、このパンも「自家製」だと説明された記憶がある。
二枚目の画像は、よく覚えている。多摩地方のある市立の中学校だ。
セントラルキッチン方式での給食だった。
育ち盛りの中学生が、この量で満足するのだろかと思って、一緒に食べた校長に聞いた。
そういう質問をすると、たいがい同じ答えがかえってくる。
「カロリーは足りているはずだが…」
よく噛むかどうかで、満腹感は違ってくるのだ。これは病院の食事でも、同じことを言われる。
給食の苦労は、なんといっても、予算内であげることだ。どこでも、その苦労話になった。
この頃は、一食200円台ではなかったかと思う。おそらく材料費あるいは「原価」相当分だけだろう。
「食文化」というと、とかく、それなりの金額で提供する料理や食事、ある種の職人的・文学的・芸術的な香りのする方面を中心に語られがちだ。
それは必ずしも「食文化」ではなく、もっと別の狭い視野での「文化」のことではないかと思うことが多い。これが「科学」なら「エセ科学」とでもいわれるようなものでも、「文化」は上手な写真や文章でごまかしがきくらしく、「エセ文化」といわれることはなく「食文化」として通用していることがたくさんある。
食文化がどこに存在するかというと、こういう給食を含めた、例えば、こういう給食と、先にあげた一般的にメディアなどで注目され「食文化」といわれているような料理や食事のあいだにあるはずなのだ。
もっと大きな視野でみれば、「食」から見た、自然と人間の接点にある文化的な営み。
自然と人間の接点というと、「土」と「台所」になる。ここで自然と人間の営みが、文化的に交差する。
自然とじゃがいものあいだには「土」がとりもつ文化があり、そして「台所」の文化がじゃがいもとポテトサラダのあいだをとりもつ。
高級店の食べ物は、そこだけで、給食などとは無関係に存在しているわけではない。文化的には、同じ「土壌」のものなのだ。
だけど、そういう視点で書くひとやメディアは、どれぐらい存在するのだろう。ショーバイにならんし。「食文化」は歪む。紙メディアだろうとインターネットだろうと「稼げるネタ」としての「食文化」。それは多幸症的消費文化の一翼としての「食」の表層として見ることができる。
なーんてことで、先日来、このブログにお題目だけ登場している、『スペクテイター』最新号「土のがっこう」と、つながりそうだ。
「科学」や「科学的」という言葉を、日常雑に使うようになった。「文化」や「文化的」という言葉も同じ。「芸術」なんて言葉は「クソ」と同じように使われる。『スペクテイター』の「土のがっこう」は、それらを問い直しているようでもある。
かな?かなかな。
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