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2020/12/13

「これが、(いち、に、さん)命なんです」

西加奈子という作家、チョイと気になっていたのだが、初めて読んだ。驚いた。

前の投稿「いのち」にからんでいるところが、どえらく面白かったし。

『円卓』(文春文庫、2013年)。

両親と14歳の三つ子の姉と祖父母と公団住宅の3LDKに暮らす小学3年生の9歳の「こっこ」。彼女の夏休み前最後の学級会のテーマは、「学級で生き物を飼うかどうか」だ。

こっこは生き物が好きで飼いたいが自宅では飼えない。公団だし、家族は多いし。

学級で飼うようにしよう。こっこは提案することにした。

こっこの要求を学級の皆に呑ますためには、どう話したらよいか、賢いぽっさんが知恵を授ける。ぽっさんはこっこと同じ学級、同じ団地のこっこの住まいから声が届く棟に住んでいる。

こっこは興奮しやすい。興奮すると「うるさいぼけ。」と罵倒が始まる。冷静にいけよ。

ぽっさんの知恵は、″「生き物を飼うことで命の有難さが分かる」というような教訓めいたことを提示するのが良い″″決して個人的な嗜好からこのように言うのではないのだ、ということを、皆に分かってもらわねばならない″ということだった。

そのための効果のある話し方を、こっこは何度も練習して臨む。


こっこは何度も練習したそれを、いよいよ始めるのである。
「みんな、手のひらを胸に当ててみてください。」
 皆、こっこの言うとおり、手を胸に当てた。9歳はまだ素直だ。
「心臓が動いているのが、分るでしょう。」
 皆、うなずく。表情、雰囲気、こっことぽっさんの計画通りである。
「これが、(いち、に、さん)命なんです。」
 ぽっさんは、効果を増すために、「これが」と「命なんです」の間を、三秒空けるのが良いだろう、と言った。「なんです」の「す」も、「SU」というより「S」という感じで、空気にゆだねるように。ぽっさん熱心、なぜならぽっさんも、生き物を飼いたいのである。
「命の大切さ、私はみんなと分かち合いたいんです。」
 分かち合う、という言葉、こっこ初めはどうしても「かち割る」と言ってしまっていたほどの無知。だが今はどうだ、美しいHGP明朝Bを、お口からなんぼでも出す。
「生き物を飼うことで、命の大切さが、分ると思うんです。」

なんとまあ、うまいこと書くもんだ。西加奈子、なんていうやつだ。
いや、作家なら、これぐらい言葉について熟知していて当然か。
それにしてもなあ。うまく書くもんだ。
「命」という言葉が持つ神秘性や神々しさが及ぼす影響。個人的な嗜好ではなく、教訓めいたことの提示。

「(いち、に、さん)」
「美しいHGP明朝Bを、お口からなんぼでも出す」

うまいなあ。心憎い、という言い方は、こういうときにぴったりだ。
もしかすると、おちょくったり、皮肉ったりしていたとしても、これでは気が付かないもんなあ。

HPG明朝B、には、気を付けよう。「S」という感じの「です」「ます」調もねえ、けっこうあるけど、おかしいよなあ。

そうなんだよ、「命」という言葉は、こんな表情と雰囲気を持って語られることが多いんだよなあ。

そのように、ひたすら感心したのだけど。
こっこのプレゼンは、うまくいった、そう見えた。が、思わぬことが起き、こっこは「うるさいぼけ。」「うちは、生き物が、飼いたいのんじゃ!」を口走ってしまう。

それはともかく、この小説は、抽象や世界を知り理解していく年齢、10歳前後ぐらいの言葉の世界を、じつにうまく描いていて(8人の家族構成と他の登場人物、それから紅い円卓が、効果的)、うなりまくり。

解説は、津村記久子。それもあって、図書館から借りてきた。

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