« 問題はタイトルだ。 | トップページ | 春から初夏へ。 »

2021/04/21

「ロスト近代」あるいは「ノンモダン」を生きる料理とは?

去る4月15日、ツイッターで、このようにつぶやいた。もっぱら、早朝歩きと飯くった薬のんだだけのツイートだったが、チョイと自分にとっては必要なメモなので、こちらにも転載しておく。。

https://twitter.com/entetsu_yabo/status/1382563861362921473
エンテツこと遠藤哲夫
@entetsu_yabo
2か月前に『「家庭料理」という戦場 暮らしはデザインできるか?』の著者、久保明教さんとお会いし話している最中にヒラメキがあって、俺も「ぶっかけめし」を「作って、食べて、考える」をやってみようかと、アレコレ「ぶっかけめし」をいじりまわしていて、最近は毎日のようにぶっかけめしだ。続
午後2:18 · 2021年4月15日

最初の写真は昨日の夕飯で、あったかいめしに、サバ水煮缶を汁ごとかけ、ありあわせのキムチとタラコとカイワレ少々ずつ、ポッカレモンをかけまわし、適当に混ぜながら食べる。無難な味(つまり近代風)の「ワンプレート・ノンクッキング」。続

Cimg5692

2枚目の写真は、先ほど食べたばかり。冷や飯に、市販のコールスロー、スライスしたキュウリとシラス干し、目玉焼をのせ、野菜ジュースとプレーンヨーグルトをかけ、ブラック・ペッパーをふり、適当に混ぜ合わせながら食べる。なかなかエキセントリックなワンプレート。

Cimg5693001


ツイッターでは文字制限があるので面倒で書かなかったが、2枚目の写真の物もありあわせでつくったのだが、「無難な味」なんぞ無視している。とはいえ、シラス干しは余計だったし、何かが足りず、何を足せばよいかぐらいまでは見当がついた。

「ぶっかけめし」ではあるけれど、冷や飯の量は少なめにしてある。こうすると「めし」より「サラダ」に近い。「ぶっかけめし」と「サラダ」の境を越える。

めざすところは、「一汁一菜」だの「一汁三菜」だのという、ようするに「米の飯」を軸にした「和」の「形」とかいうものからの「離脱」あるいは「解放」でもあり、「和」と離れがたく結びついた「中」や「洋」の概念からの「離脱」あるいは「解放」でもある。

なーんてね。

これは、2020/10/19「料理や食事と、エンジニアリングやブリコラージュ。」に書いたことに関連する。
https://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2020/10/post-197393.html

| |

« 問題はタイトルだ。 | トップページ | 春から初夏へ。 »